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2007年01月29日

[カイン・コンプレックス(Cain complex)と旧約聖書の人間観]

カイン・コンプレックス(Cain complex)と旧約聖書の人間観

カイン・コンプレックス(Cain complex)とは、旧約聖書の創世記にあるカインアベルの逸話に題材をとった『同胞憎悪(兄弟嫌悪)のコンプレックス(感情複合体)』のことである。後に詳述するが、カインとアベルのエピソードとは、兄のカインが弟のアベルを殺害した物語であり、聖書の世界観では、人類最初の殺人とされている。コンプレックスとは通俗的に理解されているような『劣等感』という意味ではなく、精神分析や心理学では、複数の感情的要素が相互に絡まりあった情的複合体とされている。カイン・コンプレックスでは、『憎悪・嫉妬・敵対心・劣等感・優越感・侮蔑感・屈辱感・憧れ・殺意』などの感情的要素が複雑に絡まりあって、兄弟姉妹に対するコンプレックスを形成しているのである。

旧約聖書の創世記では、蛇にそそのかされたアダムとエバ(イブ)が、神の命令に逆らって楽園の中央に生る『禁断の木の実』を食べてしまう。禁断の木の実とは善悪を分別する認識力を人間に与える『知識の実』であったが、神との約束を破ってしまったアダムとエバは楽園を追放されることになる。

ユダヤ教・キリスト教の教義(世界観・人間観・死生観)を説く聖書は、実に象徴的な寓話に富む宗教書(聖典)であるが、『知識の実』を食べることによって人間が得たものは『自我(ego)』であり、自我を獲得した人間は生物学的性差を意識し、裸体で生活することに羞恥(恥じらい)を感じるようになってしまう。知識の実は、人間に自我意識を与え、善悪の分別を与えただけでなく、性的アイデンティティ(性同一性)に付随する『性的道徳観(性への罪悪感)』をもたらしたのである。カインとアベルのエピソードを紹介する前に、約束を破ったアダムとエバに神が与えた『懲罰(罰則)』について簡単に説明しておきたい。

神は、まず女性の始祖であるエバに『産みの苦しみ』を罰として与え、『男性原理に基づく劣位性』を与えた。キリスト教は、ユダヤ教を起源とする典型的な男性中心主義の宗教であり、男尊女卑の社会的価値観と深く結びついていた。男性を興奮させて誘惑する女性の性的表象(性のイメージ)は罪深いものとされ、性道徳を先鋭化させたイスラーム(イスラム教)では、女性は公衆の場で素肌を見せてはならないという厳しい戒律を科せられるようになった。今でもイスラーム原理主義の宗教指導者の影響力が強い地域では、敬虔なムスリム(イスラム教徒)の女性は髪の毛さえ露出してはならないとされ、頭から全身をすっぽりと覆うブルカという民族衣装をまとっている。イスラームの戒律はともかくとして、約束を破ったアダムとエバに怒った神は、旧約聖書で以下のように語る。

『あなたが、食べてはいけないと命じておいた木から食べたので、地はのろわれてしまった。あなたは一生苦しんで食を得なければならない。あなたは野の草を食べなければならない。あなたは額に汗して食べ物を得、最後にあなたは土に帰る。あなたはそこから生まれたのだからそこに還る。あなたは塵だから、塵に還らなければならない。』……旧約聖書の創世記より

旧約聖書の神が原罪を犯した人類に与えた罰は、『男性の労働の苦しみ』と『女性の産みの苦しみ』であり、楽園では無縁であった飢餓や病気、寿命に人間は苦悩し恐怖するようになったのである。エバが、生活の不便と肉体の苦痛を伴う妊娠を経て出産した初めての男子がカインであり、次に生まれた次男がアベルである。弟のアベルは羊飼い(遊牧民)となり、兄のカインは土を耕す者(農耕民)になって、神に捧げものをすることになる。兄のカインは、大地から取れた新鮮な農作物を捧げものにし、弟のアベルは、最上の羊の初子を選んで神に献納した。神は、弟のアベルが捧げた良質な子羊を気に入ったが、兄のカインが持ってきた農作物には全く関心を示さなかった。

自分の捧げものを無視した神に対して、カインは強い怒りを感じたが、全能の神には逆らうわけにはいかず顔を伏せて背けた。それを見て取った神は、『あなたは、なぜ怒っているのか。なぜ顔を伏せているのか。あなたが正しく行ったのなら、受け入れられる。行っていないのなら、罪はあなたの戸口で待っている。あなたはそれを治めなければならない』と語る。カインは神にも怒りを感じたが、それ以上に神の寵愛を独り占めする弟のアベルに強い敵対心(ライバル心)と憎悪を感じていた。カインは、アベルを野に誘い出して、襲い掛かり殺害してしまう。人類で初めての殺人者となったカインの罪によって、人間は大地から簡単に農作物を生み出すことが出来なくなってしまった。

このエピソードから、兄弟間あるいは姉妹間に生じる『憎悪・嫉妬・敵対心・劣等感・優越感・侮蔑感・屈辱感・憧れ・殺意』のコンプレックス(感情複合体)をカイン・コンプレックスと呼ぶようになったが、カイン・コンプレックスは自分の兄弟姉妹と同世代の他者にも容易に投影されると考えられている。

カイン・コンプレックスの原因として最も多いのは、親が、兄弟姉妹に対して差別的な取り扱いをして、子供が「依怙贔屓(えこひいき)」されていると感じる経験である。更に、母親の愛情や保護を兄弟姉妹で奪い合い、その愛情を巡る同胞競争に敗れてしまったと思い込むとカイン・コンプレックスを抱きやすくなってしまう。実際には、親が差別や贔屓(ひいき)をしていなくても、子供が『自分は兄弟姉妹よりも大切にされておらず、余り愛されていないんだ』と一方的に思い込んでしまうとカイン・コンプレックス特有の嫉妬やひがみ、いじけが見られやすくなる。カイン・コンプレックスの命名者は、分析心理学の創設者として知られるカール・グスタフ・ユング(C.G.Jung, 1875-1961)である。

ラベル:心理学 家族療法
posted by ESDV Words Labo at 09:14 | TrackBack(0) | か:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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