エピクテトス(Epiktetos):1
古代ギリシアのエピクテトス(Epiktetos,55-135)は、古代ローマ帝国の時代に生きた『ストア派』の哲学者である。ストア派は“ストイック(禁欲的)の語源”となっていて、エピクロス派の“快楽主義”と対置されることもあるが、ストア派の禁欲主義は『感情的・破壊的な衝動(心の大きな乱れ)』を抑制するということに主眼が置かれていた。
ストア派はキティオンのゼノンによって紀元前3世紀に創始されたが、ストアという名前はゼノンが演説・講義をしていたというアテナイの『彩色柱廊(ストア・ポイキレ)』にちなんだものだという。ヘレニズム時代から始まる古代ギリシア・ローマ時代の『四大学派』は、アカデメイア学派(プラトン学派)、逍遥学派(アリストテレス学派)、エピクロス派、ストア派であり、ストア派はローマ帝国皇帝のマルクス・アウレリウスも信奉していた『精神の静寂(衝動・不幸に惑わない境地)・道徳的な完成』を目指す学問である。
エピクテトスはキケロや小セネカと並んで『後期ストア派』を代表する哲学者であったが、暴君で知られる皇帝ネロに仕えた奴隷階級という特異な出自を持ち、自身の思想・世界観に関する著作は残していない。エピクテトスの哲学的な思想や道徳的な世界観は、その弟子のアリアノスが記録した内容に依拠している。エピクテトスのストア主義的な思想の中心は、『破壊的・感情的な衝動』に自制心や忍耐力を高めて打ち勝つことで、道徳的・倫理的な幸福を実現できるということにあった。
奴隷だった時代にエピクテトスは、主人のエバプロディトスから激しい虐待を受けて、片足に歩けないほどの障害を負ったという。苦難・絶望の中であっても平静を保つことの大切さ、自然から生み出された人類の絶対的な平等を掲げたエピクテトスは、マルクス・アウレリウスをはじめとする後世の哲学者に大きな影響を与えることになった。『自由は人の欲求を満たすことではなく、欲求を除去することで得られる』というストイックなエピクテトスの自由の定義はよく知られている。