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2013年03月01日

[ドーラ・カルフ(Dora M. Kalff)]

ドーラ・カルフ(Dora M. Kalff)

スイスの女性心理療法家であるドーラ・カルフ(Dora M. Kalff,1904-1990)は、精神分析の無意識領域と関係するとされる遊戯療法の『箱庭療法(Sandplay Therapy)』を開発したことで知られる。ドーラ・カルフは早くに夫を亡くしてしまい、未亡人のシングルマザーとして二人の息子を懸命に育てたが、父親のいない家庭における子育ての不安・悩みを解消するために何か参考になる知識はないかと心理学・精神分析を学び始めたのがその最初だという。

ユング心理学(分析心理学)を日本に広めた河合隼雄(かわいはやお,1928-2007)が、1965年にカルフの砂箱を用いたこの技法を『箱庭療法』と命名したこともあり、現在でも普遍的無意識・事物からの想像力を重視するユング派のセラピストが好んで用いることが多い遊戯療法である。箱庭療法自体はD.カルフの独創によるものではなく、カルフがその教えを受けたイギリスの児童精神分析医マーガレット・ローウェンフェルト(M.Lowenfeld)が、子どもの内面を遊びを通して表現させるために開発した『世界技法(The World Technique)』がその原型になっている。

世界技法というのも、子どもが玩具を思い通りに配置することで、子どもの内面世界を砂場に再現しようとするものであったが、D.カルフの考案した『箱庭療法』はそのローウェンフェルトの世界技法に、『ユング心理学の元型(アーキタイプ)や普遍的無意識』に基づく象徴的解釈を導入して改良した。残されているローウェンフェルドとカルフの往復書簡では、箱庭療法(世界技法)で表現された『馬』を巡って、ローウェンフェルドはそれを正統派精神分析の解釈で『男根的な力強さ・男性性』の象徴だと解釈したが、カルフのほうは馬を『優しさ・聡明さ・女性性』の象徴だという風に違った解釈をしている。

D.カルフはスイスのチューリッヒ郊外ゾリコンにあった自宅で、箱庭療法を実施するセラピールームを開設して、セラピストとクライエントの間の共感的な信頼関係と箱庭の世界の象徴的解釈、子どもの自我確立の促進をベースにした独自の箱庭療法の実践を続けた。箱庭療法は縦57センチ、横72センチ、高さ7センチの規格の砂箱の中で、ミニチュア玩具(動植物・人間・乗り物・建物など)を自由に思いつくままに配置させる遊戯療法であり、クライエントが作成した箱庭の世界や配置には『内的世界の情景・無意識的な欲求・抑圧された感情や記憶』が反映されると考えられている。

箱庭療法を実施するセラピストは箱庭の作成や創作について指示は出さずに、クライエントの自主性・想像力を大切にしながら、思い浮かぶままやりたいように箱庭を作ることを促進していく。現在の箱庭療法では、クライエントが創造した箱庭の世界観や物語性を解釈することよりも、その箱庭世界を主体的かつ創造的に作り上げていく行為やそのプロセス自体に治療効果があると見なされている。箱庭が出来上がった後に、セラピストとクライエントで箱庭の世界観・物語についての対話を共感的に行ってくが、作り上げられた箱庭の解釈や意味についてセラピストの意見を強制するようなことはしない。

箱庭療法は、言語的能力がまだ十分に発達してない子どもに適した技法であるが、大人でも言葉で自分の内面や思い、欲求を話すことに躊躇いや恥ずかしさがあるようなクライエントには向いている。箱庭療法を実践するセラピストは、クライエントに対する共感的な理解と温かな信頼関係をベースにして、自分の細かな観察力や鋭い直感力を適切に働かせなければならない。また、箱庭世界の象徴性・物語性についても、クライエントの知識や解釈を一元的なものとして押し付けるのではなく、『多元的・相対的な解釈』をしながらクライエントとの真摯な対話を重ねていかなければならない。



posted by ESDV Words Labo at 11:01 | TrackBack(0) | か:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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