オットー・カーンバーグ(Otto F. Kernberg)
ウィーン出身のアメリカの精神分析家であるオットー・カーンバーグ(Otto F. Kernberg,1928-)は、臨床経験と人格構造論に基づく『境界例(borderline case)』の研究で多くの功績を残した人物である。O.F.カーンバーグの精神分析理論は、『対象関係論的な自我心理学』に分類されており、正統派精神分析と同じく精神分析の治療目標を『安定した自我機能の強化』に置いている。
オットー・カーンバーグは、アメリカ合衆国における精神分析の臨床活動の拠点であるメニンガー・クリニックで院長を勤めながら、境界例(ボーダーライン・ケース)に特徴的に見られる『境界性人格構造(BPO:Borderline Personality Organization)』の形成と病理を整理した。『境界例(ボーダーライン・ケース)』という診断名(病名)はアメリカ精神医学会が編集するDSMから削除されていることもあり近年では殆ど使われていないが、『精神病(統合失調症)と神経症(ヒステリー)の中間的な症状を呈する精神障害』という比較的重症度の高い精神障害を指していた。
対象関係論的自我心理学という折衷的な立場を取ったO.カーンバーグは、『境界性人格構造(BPO)』の概念を提唱することで、境界例の精神病理の問題を『精神障害の分類軸』から『パーソナリティ障害(人格障害)の分類軸』へと劇的に転換させた。O.カーンバーグは、幼少期からの内的な対象関係の変遷や『分裂・取り込み・投影同一視』などの原始的防衛機制の発動によって、段階的に不安定で衝動的、自己破滅的な『境界性人格構造(BPO)』が形成されていくと仮定したのである。
カーンバーグは境界性人格構造(BPO)の人の特徴として、『自己アイデンティティ(自己同一性)の広汎な領域における障害・自己アイデンティティの拡散と混乱・分裂や投影同一視など原始的防衛機制の発動・情緒と行動の不安定性(衝動性)・現実吟味能力の一定の維持(精神病ほどの現実と妄想の混乱がない)』などを上げているが、これらの特徴は現在では『境界性パーソナリティ障害』の診断基準へと概ね引き継がれている。
O.カーンバーグは人格構造の重症度を分ける精神医学的な診断基準として、『精神病的人格構造(PPO)・境界性人格構造(BPO)・神経症的人格構造(NPO)』の3段階を想定していたが、それぞれを区別する明確な基準を打ち立てるまでには至らなかった。O.カーンバーグの精緻な理論体系は、メラニー・クラインの対象関係論(無意識的幻想・原始的防衛機制)を前提にしているため、『理論的な整合性・説得的な説明力』は高いのだが、その一方で『臨床的な実践性・実際的な効果発揮』にやや弱いという短所も併せ持っていた。