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2013年04月21日

[メダルト・ボス(Medard Boss, 1903-1990):3]

メダルト・ボス(Medard Boss, 1903-1990):3

長期に及ぶインド旅行を終えたメダルト・ボスは、『A Psychiatrist Discovers India (1965)(精神科医のインド紀行)』という著作を書いているが、M.ボスが東洋思想を肌身で感じることになった深遠なインド体験については、『東洋の英知と西洋の心理療法(1972,霜山徳爾・大野美都子訳)』という邦訳書も刊行されている。

一切の生き物をできるだけ殺さないようにしようという非合理的とも言える殺生戒を貫く仏教徒・ヒンズー教徒に接する体験を通して、M.ボスは『自我・私利に囚われない存在形式』のあり方に開眼することになる。『我‐汝の関係性』の中で人間がどのように世界に関わっていくべきなのかの意味を再考させられたのである。

あらゆる苦悩を克服するという仏教の悟り(解脱)の境地にもM.ボスは関心を示しており、『あるがままの我‐汝関係(ありのままの自我で向き合う心理臨床家の態度)』を実現するために仏教的な悟りの境地が役立つと考え、その自我や欲望に執着しない精神現象のあり方を『沈思(ちんし)』という概念で表現した。

M.ボスは当時の西欧中心主義の優越感や自尊心から離れて、東洋思想・仏教思想の人格的な担い手である仏教徒・ヒンズー教徒の高僧に、ヨーロッパ人にはない『無我の境地の可能性=実存主義的な存在意義の高さ・存在の意味の深さ』を見出すに至ったのである。

M.ボスは精神分析の新たな技法として、現存在分析を前提とする『夢分析(dream analysis)』を重要視したが、ボスの夢分析は『多義的・複層的な夢の無意識的な意味』を問題にせずに、自分の視点から夢に出てくる事物・他者との関係を語らせようとしたところに特徴がある。

S.フロイトを嚆矢とする精神分析の夢分析では、『夢の検閲機能』によって『性欲(無意識的欲望)の抑圧・転換・変形』が起こることを前提にしており、『夢に登場する人物・事物』の背後にある性欲を語らせようとしていたが、M.ボスはこういったフロイト流の汎性欲説の立場を否定して『自己の存在意義・自己の方向性』がありのままに夢に表現されるというように考えた。

夢の中で顔見知りの異性とダンスをしていればS.フロイトは『その異性への性的欲求の抑圧』を推測するが、M.ボスは『ダンスを踊りたいとする欲求・その異性との意識的な関係性』を率直に取り上げて、クライエントの自己のあり方とまっすぐに向かい合っていこうとするのである。またM.ボスは汎性欲説を前提とする夢分析で用いられる『象徴化』も扱っていないので、剣や棒、ペン、馬を男性器の象徴としたり、容器や家、筒、水場を女性器の象徴としたりするような夢分析の典型的な象徴解釈も行わなかった。

M.ボスの代表的な著作(邦訳書)には以下のようなものがある。

『性的倒錯(1957)』

『精神分析と現存在分析論(1960,1962)』

『夢――その現存在分析(1970)』

『東洋の英知と西洋の心理療法(1972)』

この項目は、『メダルト・ボス:2』の続きになっています。

posted by ESDV Words Labo at 09:16 | TrackBack(0) | ほ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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