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2007年03月12日

[対象喪失の悲哀とグリーフ・カウンセリング(grief counseling)]

対象喪失の悲哀とグリーフ・カウンセリング(grief counseling)

グリーフ(grief)とは、『悲しみ(悲哀)』のことであるが、特に、自分の愛する他者や大切なモノを失う『対象喪失(Object Loss)』に付随して起こる悲哀のことをグリーフということがある。愛情や信頼を抱いていた対象(object)を失う代表的な人生の出来事(ライフイベント)としては『失恋・別離(絶縁)・離婚・死別』があり、『対象への愛着(依存性)』が強く『自律的な孤独耐性』が弱いほど、対象喪失のグリーフ(悲哀)による抑うつ感や無力感、絶望感が強くなりやすい。

最も強い対象喪失の悲哀(グリーフ)は、長年協力し合いながら連れ添ってきた『配偶者(夫・妻)との死別』であり、長い期間にわたって親密な交際を続けてきた『恋人との離別(失恋)』である。性愛の対象とならない『同性の親友(長年の付き合いがある友人)との離別(絶縁)』も、対象喪失の強い不安を引き起こす可能性はあるが、配偶者や恋人との離別(失恋・死別)に比べると病的な抑うつ状態や無気力、意欲の減退を生じることは少ない。

自分にとって大切なもの(対象)や愛着のあるもの(対象)を失う対象喪失には、『愛情や信頼を向ける人間との別れ(死別・生別)』だけでなく『愛着があり慣れ親しんだ環境・役割の喪失(転勤・昇進・左遷・引越し・転校・海外赴任)』もある。対象喪失によって生じる悲哀や悲嘆を和らげて安定した心理状態を取り戻していく心的過程(心理的な作業)のことを『喪の仕事(mourning work)』『悲嘆作業』と呼び、その悲嘆からの回復過程を援助するカウンセリングのことを『グリーフ・カウンセリング(grief counseling)』と呼ぶこともある。

配偶者(恋人)に対して、自己の理想や欲求、甘えを『投影(projection)』しながらお互いを『独立した個人』と認識して愛し合っていた人は、『自律的な孤独耐性(対象喪失に対するストレス耐性)』があると考えられるので、対象喪失によって抑うつ症状を中核とする精神疾患を発症するリスクは低い。強烈な愛情や欲求を向けていたかけがえのない対象(配偶者・恋人・親)の喪失は、心因性の精神疾患特にうつ病(気分障害・感情障害)のリスクファクターである。

自分にとって非常に重要な相手を失う対象喪失によってうつ病を発症しやすい人というのは、自己と対象(配偶者・恋人)とを完全に『同一化(identification)』して、対象を自己の内部に『取り入れ』している人である。その場合には、『自己の存在』『対象の存在』との距離感が消失して自己と相手の境界線が曖昧化しているため、『自己の存在価値』『対象の存在』に全面的に依拠(依存)してしまっている。

その為、この上なく大切に思い深く愛している相手(対象)を失ってしまうと、『自分には生きる価値がない・世界には生きる意味がない・未来には生きる希望がない』というベックの悲観的な3大認知にはまりこんでしまうのである。

愛情を向ける大切な対象が死んだり失われたりした時に、強いグリーフ(悲しみ)ではなく耐え難い罪悪感(guiltiness)を抱くことがある。喪失した対象(他者)に対して罪悪感を感じる人は、その対象(他者)に対する『愛情(好意)』だけでなく『憎悪(怒り)』といった正反対の感情も持っていたと考えることができる。二つの矛盾する感情を同時に持つことをアンビバレンス(両価性)というが、対象との関係においてアンビバレンスな感情を持つ人ほど対象喪失の後に罪悪感を抱きやすい。また、大切な愛する対象との関係以外にも、多くの信頼できる人間関係(色々な悩みを話せる親密な人間関係)を持っている社交的で活動的な人ほど、対象喪失の時に経験する抑うつ感や無力感から立ち直りやすいのである。

悲哀や悲嘆のケアをするグリーフ・カウンセリングが必要となってくる対象喪失の事例には、『予想もしない時期に突然の別れが訪れた事例』や『強く信頼していた相手から理不尽に裏切られた事例』『自分の希望や要求とは正反対の状況変化や環境変化が起こった事例』『自分の素直な感情や気持ちを表現することが許されない状況』などが多く見られる。悲嘆作業(grief work)や喪の仕事(mourning work)は、普通であれば、自然な時間の経過と周囲からの励ましによって進んでいく。しかし、長期にわたって慢性的な悲哀感や抑うつ感、不安感が続く場合にはグリーフ・カウンセリングによる対人援助が必要になるし、非社会的(反社会的)な行動障害や不安・抑うつ・パニックを中心とする精神障害の症状が見られる場合には、精神科医による薬物治療や心理臨床家による心理療法が必要となってくる。

E.リンデマン(E.Lindemann)は、対象喪失による悲哀反応の本質は、『喪失した相手と一緒に過ごした思い出(記憶)を繰り返し際限なく想起すること』と定義したが、グリーフ・カウンセリングの面接で重要になるのは、何度も繰り返し出てくる『対象(愛する人)の記憶にまつわる話』を親身になって共感的にしっかりと聴いて上げることである。かけがえのない対象を失った悲しみと痛みを、カウンセラーが繰り返し受け止め適切な共感の言葉を返しながら、クライエントの『喪の仕事』を深めて促進していくのがグリーフ・カウンセリングである。

アタッチメント理論(愛着理論)で知られるJ.M.ボウルビィ(J.M.Bowlby)は、悲嘆作業(喪の仕事)は、『1.否認の段階(喪失の事実を認められない段階)→2.怒りの段階(失った対象を探し続け、諦めきれずに強い怒りを感じる段階)→3.混乱と絶望の段階(どうしていいか分からずパニックに陥り、どうしようもないと分かって絶望感に沈む段階)→4.再建の段階(対象を失った悲哀や抑うつが和らぎ、新たな対象や生活を再建し始める段階)』という悲哀の心的過程を考えた。

対象喪失の反応は各段階を経て進展していくが、一般的に、時間の経過に従って次第に悲哀感は弱まり精神状態は安定していく。喪の仕事が『再建の段階』に至れば、自分に与えられた新たな環境(人間関係)に適応する『心的な再体制化』が進むのである。

posted by ESDV Words Labo at 07:23 | TrackBack(1) | く:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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映画に見る対象喪失
Excerpt: 映画「世界の中心で愛を叫ぶ」と「タイヨウのうた」から見た対象喪失とモーニングワーク・喪の作業についての考察。ちなみに、ネタバレ注意です。
Weblog: 発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版
Tracked: 2007-03-23 06:51