エミール・クレペリン(Emil Kraepelin)
ドイツの精神科医であるエミール・クレペリン(Emil Kraepelin, 1856-1926)は、『精神医学の精神病理学(精神疾患の診断基準と整理分類)』に関する体系的かつ網羅的な教科書を執筆した人物である。『生物学主義』を前提として精緻な臨床観察を行いながら、各種の精神疾患(精神障害)の典型的な特徴を抽出して分類していった。エミール・クレペリンは精神医学の統一的な診断基準(他の精神科医との共通言語としての精神疾患の定義)を確立しようとしたその功績から、『近代精神医学の父』と呼ばれることもある。
精神分析の創始者であるジークムント・フロイト(Sigmund Freud, 1856-1939)は、ありのままの症状を記述する科学的客観性よりも、思想的な世界観や物語的(文学的)な共感性を重視する立場を取った。フロイトの精神分析はエスや自我、超自我、無意識領域といった『仮定的な心的装置(精神構造)』を前提とするものであり、心理的(性的)な欲望を生み出すエネルギーが内的世界でぶつかり合って葛藤しているという『力動的心理学(力動精神医学)』のモデルになっていった。
エミール・クレペリンの精神医学は、フロイトの力動的心理学(力動精神医学)に対して『記述精神医学』と呼ばれるものであり、主観的な憶測や思想的な観念を交えずに、『ありのままの客観的な症状』を観察してできるだけ忠実に記述しようとする学問であった。E.クレペリンはこの記述精神医学の立場から『近代的な精神医学(精神病理学)の体系的な分類整理』を成し遂げ、早発性痴呆(Dementia Praecox)と躁鬱病を予後の好ましくない『二大内因性精神病』として定義した。
早発性痴呆は現在では精神分裂病の名称を経て『統合失調症』と呼ばれるようになっており、躁うつ病は躁うつ病という名称も残っているが現在では『双極性障害』という風に呼ばれることも多くなっている。精神疾患の名称や症状に関する小さな変更は繰り返されているが、精神疾患のうちで重症度が高くて寛解しにくいものを『精神病』と定義したのはクレペリンが始まりであり、現在でも統合失調症と躁うつ病は二大精神病(脳の機能障害を伴う代表的な精神病)として精神医学会で認識されている。
先進国では高齢化社会の影響を受けて、統合失調症と躁うつ病以上に、『高齢者の認知症(脳血管型認知症・アルツハイマー病)』のほうが患者数が増えており、家庭での介護困難(認知症の高齢者の居場所の乏しさ)と合わせて社会的に大きな問題になってきている。
E.クレペリンは『作業量の経時的な変化』から『作業への性格上の適性(集中力・忍耐力・気分変化性など)』を推測できるという『作業曲線』に関する研究も行っていた。この作業曲線研究を参考にした日本の内田勇三郎によって、一桁の単純な足し算をする作業を繰り返し行わせるという『内田クレペリン精神検査(クレペリン検査)』が開発されることになった。