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2013年07月25日

[古澤平作(こさわ・へいさく,1896-1968)]

古澤平作(こさわ・へいさく)

古澤平作(こさわ・へいさく,1896-1968)は、昭和初期の早い時期に日本にフロイトの精神分析を伝えた精神科医・精神分析家である。精神分析の先駆者・伝道者として知られる古澤平作は、東北帝国大学医学部を卒業してから、1931年(昭和6年)に東北帝大医学部の助教授に就任している。日本の精神医学界・心理学会にフロイトの精神分析を初めて紹介したのは、古澤の師に当たる東北帝大教授の丸井清泰(1886〜1953)だった。

しかし、丸井清泰はヨーロッパにおいて精神分析という学問が流行しているという時勢を伝えたのが主な功績で、実際に『神経症(ヒステリー)の治療法』としての精神分析理論を初めて学んで技法の訓練も受けたのは、古澤平作である。丸井ゼミの門下生であった古澤は、1932〜1933年にかけてオーストリアの『ウィーン精神分析研究所』に留学する経験をしており、創始者であるジークムント・フロイトと直接的に言葉を交わす機会も少なからずあったとされる。

ウィーン精神分析研究所への留学をした時に、古澤はR.ステルバから『教育分析』を受けたが、正統派の自我心理学を発展させた重鎮のポール・フェダーンからも指導されたという。古澤平作の提示した理論として最も有名なのは、小此木啓吾が再解釈して論述した『阿闍世コンプレックス(あじゃせコンプレックス)』であるが、阿闍世コンプレックスについて解説したドイツ語訳論文の『罪悪意識の二種』はS.フロイトにも提出されたという。

S.フロイトの『エディプス・コンプレックス』は、『母親への性愛(独占欲)・父親への敵対心による葛藤』をベースにして父親の死を願うことによる罪悪感を重視したが、古澤平作はそれに対して母性原理の強い日本文化を反映した『阿闍世コンプレックス』という新しいコンプレックス理論を提唱したのである。

仏典の『観無量寿経』にある阿闍世の物語をベースにした阿闍世コンプレックスは、『いなくなって欲しい父親に対する罪悪感』ではなく『甘やかしてくれる母親に対する罪悪感』が主題になっている。母子密着型(父親孤立型)の日本文化の特徴(ヨーロッパでは夫婦密着で子供のほうが分離されやすい)を捉えた理論だとも言われるが、『父親の権威』が強かった当時のドイツやオーストリアの家庭環境に馴染んでいたS.フロイトには、あまり経験的な実感の湧かない理論内容だったみたいである。

母親に対する子供の甘え、甘やかしてくれる母親などの原初的体験も参照する土居健郎(どいたけお)『甘え理論』というものもあるが、土居健郎も古澤平作の教育分析を受けていたことがある古澤の弟子筋に当たる精神科医である。1949年に『精神分析研究会』を開いた古澤は、精力的に教育分析とスーパービジョン、精神分析の臨床指導を行っており、20世紀後半における日本の主要な精神分析家に非常に大きな理論的・技法的な影響を及ぼしている。

1933年に『古澤精神分析学診療所』を開設した古澤平作は、日本で最初の開業精神分析家(開業精神分析医)でもあり、1955年には『日本精神分析学会』を創設してその初代会長に就任している。日本文化や仏教的な世界観・修行(精進)に合わせたオーダーメイドの精神分析の研究にも熱心だった古澤の精神分析は、『仏教的精神分析』という風に呼ばれることもある。

日本における精神分析の開拓者である古澤平作の知名度を高めたのは、自身の著作・論文の中で繰り返し古澤の理論やエピソードを取り上げて紹介した慶応大学医学部教授だった小此木啓吾(おこのぎ・けいご,)である。

小此木啓吾は『シゾイド人間 内なる母子関係をさぐる(1980)』『日本人の阿闍世コンプレックス(1982)』といった著作を書いているが、 古澤平作本人は殆ど著作を残していない。1958年に『精神分析学理解のために』を精神分析学研究室の名義で書いているが、それ以外にはフロイトの『精神分析療法』の翻訳書がある程度で、寡作な教育者・臨床家としての側面が強い人物だった。



posted by ESDV Words Labo at 03:39 | TrackBack(0) | こ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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