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2013年10月22日

[鈴木大拙(すずき・だいせつ):2]

鈴木大拙(すずき・だいせつ):2

洋の東西を超える仏教・禅の思想の普遍的な理念や実践法として、大拙は『霊性の自覚』『即非の論理(絶対無の境地)』を上げているが、禅を通した“悟り”は正に目に見えない普遍的原理・世界的真理である『霊性の自覚』として解釈し直された。

『臨済の基本思想』では臨済宗の何者にも執着することがないありのままの生を生きる“一無位真人”こそが霊性の自覚者であるとし、『浄土系思想論』では此岸に対する彼岸としての“極楽浄土(浄土信仰)”もまた霊性の自覚(絶対無の境地)という視点からその意味を捉え直すことができるとした。

1897年に釈宗演からの推薦を受けて渡米し、東洋思想を研究していたポール・ケーラスが経営する出版社オープン・コート社で、東洋思想に関係する書籍を出版しながら、『大乗起信論』『大乗仏教概論』といった仏教思想・禅宗の本を英文で書き残した。

1909年にアメリカから帰国した大拙は、円覚寺の正伝庵に住居を構えて、学習院大学で英語の講義を受け持ったが、この時に教え子の柳宗悦や松方三郎らと出会っている。1911年には、神智学を紹介してくれたベアトリス・レインを妻にしたが、ベアトリスは大拙よりもずっと早く1927年に亡くなってしまうことになる。1921年には、仏教研究のメッカとして知られる京都の大谷大学の教授となり、そこで『イースタン・ブッディスト(Eastern Buddhist)』という英語雑誌を発行している。

西洋の自然科学に代表される要素還元主義的な『分別知(分節された知識)』に対して、鈴木大拙は東洋の仏教思想に代表される普遍主義的な『無分別知(普遍的な般若の叡智)』の重要性を主張した。1941年には、北鎌倉にある東慶寺に『松ヶ岡文庫』を創設して、晩年は1966年に95歳で死去するまでこの文庫の書斎を研究拠点にしていた。1952年から1957年までコロンビア大学で東洋思想・仏教思想(禅宗)を教える客員教授として働いていたが、1950年より1958年にかけては、アメリカ各地を駆け回って英語で仏教思想や日本文化、禅の実践方法の講義を精力的に行った。

鈴木大拙は分析心理学の精神分析家カール・グスタフ・ユングや『自由からの逃走』で知られる社会派の精神分析家エーリッヒ・フロム、実存主義のマルティン・ハイデガーとも個人的な親交があった。C.G.ユングが世界各地から優れた研究者や思想家を集めて主催した『エラノス会議(賢人会議)』にも出席している。鈴木大拙の最大の功績は、アメリカのエリート層やセレブ層に仏教思想のエッセンスを伝達したことにあり、欧米におけるZenブーム(禅宗ブーム)の立役者にもなったが、大拙の説く仏教の世界観や禅宗の実践は幅広い国家・地域・民族の人たちに受け容れられるところとなった。

この記事は、『鈴木大拙:1』の続きになっています。



posted by ESDV Words Labo at 11:17 | TrackBack(0) | す:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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