モラル(moral)とモラール(morale)
紛らわしい英語表記の違いとして、『モラル(moral)』と『モラール(morale)』の違いがある。一般的な倫理や道徳、教訓といった意味を表すのは、前者のモラル(moral)で“mo”の所にアクセントがある。モラル(moral)には倫理・道徳と関係しない『精神』といった意味もあり、“moral influence(精神的影響)”などの言い方もある。日常的な語用としては、何らかの倫理的・道徳的な規範を意味する言葉として使うことが多い。
モラル(moral)には社会的規範・共同体的規範といった原義があり、モラル(moral)はモラール(morale)とは違って可算名詞である。moralの単数形で『教訓・精神的なルール』を、moralsの複数形でより一般的な『(社会構成員に共有される)道徳・倫理』を指すことになる。
モラル(moral)は法律・権力・宗教のような強制力や超越性とは関係しない『日常生活に即した社会規範・倫理観・道徳観』であり、自己と他者・社会との相互関係によって自然に身についてくる『善悪の判断基準とその感覚・感情』のことである。道徳観の喪失や倫理観の欠如・崩壊を指して、『モラルハザード(moral hazard)』という言葉がメディアなどで用いられることも多い。
モラール(morale)のほうは『集団の士気・意気込み・気力』を意味し、単語の前半ではなく後半の“ra”のほうにアクセントがある。モラール(morale)は『個人の意欲・やる気(モチベーション)』の意味ではあまり用いられず、通常、『複数人で構成される集団の士気・意気込み・勢い』のような意味で用いられる。集団を構成するメンバーが、『集団共有の目標』の価値を承認して、その目標達成のために積極的に貢献・奉仕しようとしている状態を指して“morale is high.(士気が高い)”という。
士気が低い時には、“morale is low(falling)”といった言い方をするが、moraleは不可算名詞であるため語尾に“s”を付けない。共通の目的意識や価値認識を土台に据えて、集団の目的達成のためにそれぞれのメンバーが積極的に貢献して行動しようと思う集団の状態が『モラール(morale)』なのである。企業の生産性と従業員のメンタルヘルスを高めることを目的とする産業心理学では、『集団の士気・やる気としてのモラールを促進する要因(阻害する要因)』についての研究が進められている。
moral、moraleの語源は、『礼儀上の・慣習上の』といった意味を持つラテン語の“moralis”であり、そこから次第に『社会的規範・共同体的規範』といった意味が生まれてきた。ラテン語のmoralisは、フランス語の男性名詞“le moral (激しい気性 temperament)”と女性名詞“la morale (道徳性 morality)”に変化していき、後者の女性名詞が集団の士気・意気込みを意味する英語の“morale”になったと推測されている。