唯識(ゆいしき)と大乗仏教の思想史:1
上座部仏教(小乗仏教)に対する大乗仏教の最大の特徴は『衆生救済の教え(一般の人々を助ける教え)』であるということで、その救済を受けるために特別な学問の知識や修行の苦しみを必要としないことである。
大乗仏教の根本理念は、この世界に実在する確かなものなどは存在しないという『空』の思想である。主体と客体を区別せずに確固たる実在の存在を否定する『空』の思想は、人間の心の構造を解明した『唯識(ゆいしき)』へとつながり、更に『諸行無常・諸法無我』といった仏教の四法印の教えにもつながっている。
この世の中に絶対的な実在はなく、すべてのものは個人の表象や心の認識作用によって生み出されているとする『空』『唯識』の思想のエッセンスは、『仏教カウンセリング(Buddhist counseling)』にも応用されている。唯識の原義は、この世界にはただ心の認識(心の作用)だけがあるという意味である。
大乗仏教の中核思想を形成する『唯識』は、古代インドで成立・発展して中央アジアを経由して、中国・日本・チベットなどへと伝播していった。唯識の発想は初期経典の『般若経』の“一切皆空”や『華厳経 十地品』の“三界作唯心”の考察から生まれたと推測されており、その後、瑜伽行(瞑想)の修行的な実践や研究を通して『唯識論』としての理論体系が整えられていった。