唯識(ゆいしき)と大乗仏教の思想史2:無著と世親
『華厳経』では世界のあらゆる存在が心の認識作用であるとするが、この心の認識作用を以下の3種類の『識の転変』としてまとめている。
異熟(いじゅく)……行為の成熟
思量(しりょう)……思考に相当
了別(りょうべつ)……外的対象の識別
大乗仏教では上記の『識の転変』を前提として、人間の認識や事物の存在のレベルとして以下の『三性』があるとしている。
遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)……意識によって仮定的に構想された存在,凡夫の日常の認識。
依他起性(えたきしょう)……自他の関係性の縁起で生まれる相対的な存在,他に依存した儚い存在
円成実性(えんじょうじっしょう)……意識や他との関係に依存することのない自律的・絶対的な存在,円熟して完成された真の存在。
唯識論の起源は生没年・事跡が不明な弥勒(マイトレーヤ)にあるとされるが、唯識論を哲学的な理論体系として構築していったのは無著(アサンガ,310頃〜390頃)と世親(ヴァスバンドゥ,300頃〜400頃)という古代インドのバラモンの家系につらなる兄弟である。
無著という名前には『執着を無に帰した者(煩悩の欲望を断ち切った者)』という悟りを開いたという意味合いがあり、無著は大乗仏教の『空(執着の一切ない境地)』を会得したとされている。世親という名前はそのまま『次男』を意味しているという。
無著(むちゃく)には『摂大乗論(しょうだいじょうろん)』、世親(せしん)には『唯識三十頌(ゆいしきさんじゅうじゅ)』『唯識二十論』といった唯識に関する代表的な論説があるが、世界のあらゆる存在は八種類の識である『八識』によって成り立っているという唯識論を展開した。『八識』というのは、以下の8つの心の機能のことを意味しており、『唯識』というのは、人間の心(精神機能)の構造あるいは主体の構造を解明した理論のことなのである。
1.眼識
2.耳識
3.鼻識
4.舌識
5.身識
6.意識……意識化して思考・判断・解釈をすることが可能な内容。
7.末那識(まなしき)……個人的無意識の領域に相当するもので、自我に関連する自力で想起できない記憶・感情・欲望を意味する。
8.阿頼耶識(あらやしき)……普遍的無意識の領域に相当するもので、『貯蔵する蔵の識』という意味を持つ。世界のあらゆる存在や人間の心を生み出す根本原因になっている広大無辺な領域である。
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