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2013年11月25日

[唯識(ゆいしき)と大乗仏教の思想史3:阿頼耶識縁起の思考・記憶のサイクル]

唯識(ゆいしき)と大乗仏教の思想史3:阿頼耶識縁起の思考・記憶のサイクル

仏教経典において唯識論が大成したのは、中期大乗仏教経典の『解深密経(げじんみつきょう)』『大乗阿毘達磨経(だいじょうあびだつまきょう)』だが、それらの経典も無著と世親の唯識の思想をベースにしている。唯識はインドのナーランダ寺院において集中的に研究が行われた。中国に渡ってからは西遊記の三蔵法師として知られる玄奘(げんじょう)の弟子の慈恩(じおん)が起こした『法相宗』が唯識の研究に中心的な役割を果たすことになった。

日本でも奈良時代に法相宗は『南都六宗』の一つとなり、奈良の興福寺・法隆寺・薬師寺、京都の清水寺などで唯識論の学術的研究が盛んに行われ、『唯識論』『倶舎論(くしゃろん)』が日本仏教学の基礎として確立されていった。その理論の難解さや高度な抽象性のレベルを理解するまでには時間がかかるということで、『唯識三年倶舎八年』という言葉も生まれた。現在の日本における法相宗の大本山は、興福寺と薬師寺の二つに減っている。

世親(ヴァスバンドゥ)は『唯識二十論』で、世界のあらゆる存在は実在せず、個人の表象や認識が生み出しているものに過ぎないという唯識論のベースとなる世界観を開示しているが、『言葉で表現することが不可能な実体』があるといった唯識論の留保もしていた。世親はその後の『唯識三十頌』においては、世界のあらゆる存在・事物は八識によって構成されているに過ぎないものであるという『八識説』に傾いている。

広大無辺の無意識である『阿頼耶識(あらやしき)』を前提とした唯識の八識説は、カール・グスタフ・ユングの普遍的無意識(集合無意識)を仮定した深層心理学とも親和性がある。そのため、精神分析の文献でも仏教思想に関心を持つ精神分析家から、『唯識(阿頼耶識)』は度々言及されているのである。

阿頼耶識は、それぞれの人間の行動・発言・態度・記憶などを種子に記録していく普遍的メモリーの領域であり、阿頼耶識の種子にその個人の言動が記録されることを『薫習(くんじゅう)』という。あらゆる人間の言動の履歴や記録が蓄積されていく阿頼耶識は、『一切種子識・蔵識』と呼ばれることもある。前五識・意識・末那識・阿頼耶識の間を種子が双方向的に行き来する思考や記憶の循環的なサイクルのことを、『阿頼耶識縁起(あらやしきえんぎ)』といっている。

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posted by ESDV Words Labo at 14:05 | TrackBack(0) | ゆ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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