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2013年12月08日

[V.E.フランクルの『夜と霧』:2]

V.E.フランクルの『夜と霧』:2

収容所の過酷な環境や無慈悲な仕打ちに耐える『意味への意志(人生に対する意味・希望)』は、人によって様々な形や想像として現れたが、最も典型的な意味への意志は『生きてもう一度家族・恋人・友人に会いたい(意地でも何としてでもこんな所で絶対に死ぬわけにはいかない)』という大切な愛する人への思いだったという。

『やり残したことを何としてもやり遂げたい』や『今まで世話になった人たちに恩返しもせずに死ねない』『自分の人生にはまだ行きたい場所(見たい景色)ややりたい事、やらなければならない事が多く残っている』など、収容所体験を何とか必死で生き延びようとした人たちには必ず何らかの『意味への意志(希望・楽しみ・執着・使命感・宗教感情など)』があったのだという。

反対に、一切の意味への意志を持たないユダヤ人たちは、短期間で過酷かつ劣悪な環境に耐えることができなくなり、言葉数も少なくなって表情がなくなり何が起こっても感動・興奮をすることが無くなっていった。『生きる屍』のように抑うつ的・絶望的な心理状態となり生存を諦めた人たち(どうにでもなるようになるしかないと思い始めた人たち)は、必死に生きようとする意志を維持することができなくなり、『無関心・無感動・無気力』の傾向が強まる中で、心身の調子を崩して病気になり(衰弱して)そのまま亡くなってしまう者も多かったという。

V.E.フランクルは1942年9月から約3年間もの間、テレージエンシュタットの強制収容所に収監されたが、この収容所で父親が間もなく死亡しており、別の収容所に移送された母親・妻もその場所で死亡している。V.E.フランクルは1944年10月にガス室を備えたホロコーストの舞台であるアウシュビッツ強制収容所に送られて、危うく一命を落としかけたが、その3日後にテュルクハイムに奇跡的に移送される判断が下され何とか助かったという。1945年4月に、アメリカ軍により収容所に閉じ込められていたユダヤ人たちは解放された。

フランクルの主著である『夜と霧』は、日本語を含めた17ヶ国語に翻訳されて、洋の東西を問わずに『人生の指南書・極限体験の記録・歴史の悲劇からの生還』として愛読され続けているが、その発行部数は20世紀中までの英語版だけで累計900万部を数え、現在では1000万部を超えるほどのロングセラーの歴史的名著となっている。現在販売されている邦訳書(みすず書房)の目次の項目は、『第一段階 収容(アウシュヴィッツ)』『第二段階 収容所生活(感動の消滅・苦痛)』『第三段階 収容所から解放されて(放免)』という風になっている。

この記事は、『前回の項目』の続きになっています。



posted by ESDV Words Labo at 02:03 | TrackBack(0) | ふ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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