ラベリング理論(labelling theory)・逸脱理論
1960年代、アメリカの社会学研究の文脈から生まれてきたのが『ラベリング理論(labelling theory)』であり、ラベリング理論は『逸脱理論』の一種でもある。逸脱理論というのは、当該社会の『中心的な規範(法律)・慣習・常識』に違反する逸脱者やその逸脱行為の要因を分析する理論であり、従来の逸脱理論では逸脱の原因として『遺伝的要因・環境的要因』が注目されてきた。
典型的な逸脱行為や逸脱者の要因は、『親からの悪影響・成育歴の悪さ・地域環境の悪さ・学校教育の不適応・教師やクラスメイトからの悪影響・不良文化やアウトロー文化の伝染』などの社会環境的・対人的な要因である。
ラベリング理論(labelling theory)と呼ばれる逸脱理論の特徴は、社会の中心的規範に違反する逸脱者が生み出される具体的なプロセスを重視していることであり、逸脱者に対する社会統制機関(権威的・強制的な懲戒作用)による『負のラベリング(お前は社会的な価値の低い存在だというラベル貼り)』の悪影響を考慮に入れているということである。
ラベリング理論において社会統制機関と呼ばれているのは『裁判所・警察・学校・病院』などの公的な権限を持つ機関のことであり、そこで法律の裏付けのある権力を持つのが『裁判官・警察官・教師・医師』などのラベラー(labeller)である。
ラベリング理論では、他者に何らかの権威的・法律的なラベル(レッテル)を貼る側の人を『ラベラー(labeller)』と呼び、ラベル(レッテル)を貼られる側の人を『ラベリー(labellee)』とか『デヴィアント(deviant)』とか呼んでいる。
裁判所における裁判官は『有罪者(懲役囚・死刑囚)』というラベリングを行い、警察官は『容疑者・被疑者』のラベルを貼り、教師は『落ちこぼれ・非行少年』のレッテルを貼り、医師は『病人・精神病者』のラベルを貼るといった社会構造的あるいは法制的な構造が現代社会には厳然なものとしてある。
そして、ラベラー(labeller)によって『特定の望ましくないラベル(レッテル)』を貼られてしまったラベリー(labellee)は、社会規範・法規範から逸脱した不適応者として『ネガティブな自己アイデンティティ(自分はダメな価値のない人間だという自己認識)』を確立していってしまう弊害も多いのである。
精神科医によって付与される『精神病者』というラベリングによって、ますます自己評価が低下したり不適応の度合いを強めたり、社会復帰の意欲を失ったりする問題が取り上げられたことで、1970〜1980年代にはラベリング理論が反精神医学運動に応用されたりもした。刑事司法の不介入政策や保護主義的な少年法の精神、平等主義的な学校教育改革などにも、ラベリング理論の影響を指摘することができるだろう。
ラベリング理論の唱導者であるハワード・S・ベッカー(Haward S.Becker)が著書『アウトサイダーズ』の中で、『社会集団はこれを犯せば逸脱となるような規則(ルール)を設け、それを特定の人々に適用して彼らにアウトサイダーのレッテルを貼ることによって逸脱を生み出すのである』と述べている。このように、ラベリング理論は『インサイダー(体制・枠組みの内側の適応的な人間)』と『アウトサイダー(体制・枠組みの外側にいる不適応な人間)』とを区別・差別するという機能も果たしている。