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2014年04月08日

[パウル・ティリッヒ(Paul Tillich):1]

パウル・ティリッヒ(Paul Tillich):1

神学者パウル・ティリッヒ(Paul Tillich,1886-1965)は、ドイツ出身のプロテスタント系神学者でナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命したが、20世紀のキリスト教神学だけではなく、思想哲学や政治学(宗教的社会主義)、美術史などにも幅広い影響を及ぼした。1886年にフランクフルト近郊のシュタルツェッデルにプロテスタントの牧師の子供として生まれ、ベルリン大学で哲学と神学を学んで、第一次世界大戦では自ら希望して従軍牧師(その功績で第一級十字勲章受章)として働いた。

1907年に知り合って友人となった哲学者のエマヌエル・ヒルシュとは、キリスト教と社会主義を融合させようとするティリッヒの『宗教社会主義』を巡って激しい論争を戦わせることになった。パウル・ティリッヒのインターナショナルな万民救済を説く『宗教社会学・人間平等主義』とエマヌエル・ヒルシュが近寄ったナショナルなナチズムの『優生主義・民族主義(アーリア人の選民主義)』は、お互いに相容れることのない思想だったからである。

パウル・ティリッヒは1924年からマールブルク大学やドレスデン大学で哲学・神学の教授を務めていたが、1933年にアドルフ・ヒトラー率いるナチスが政権を掌握すると『反ナチズム勢力への弾圧・迫害』が強まり、キリスト教的社会主義を主導していたティリッヒも弾圧対象となってしまった。ナチス政権下の弾圧に苦しめられたティリッヒは、アメリカに亡命して1940年にアメリカ国民へと帰化している。アメリカに帰化したティリッヒは、ユニオン神学校及びハーバード大学などで教授を務めて、アメリカのキリスト教神学の世界や宗教社会主義の思想、宗教的な人間観に大きなインパクトを与えることになった。

ティリッヒはフランクフルト学派の哲学者テオドール・アドルノの教授資格論文を審査したが、アドルノは教育者・精神的指導者としてのティリッヒの人間性や指導法を非常に高く評価している。テオドール・アドルノの著書である『否定弁証法講義』では、『ティリッヒほどの才能や人格に恵まれた教育者には出会ったことがない』とまで手放しで称賛している。

弁証法神学を展開したスイスの神学者カール・バルト(Karl Barth, 1886-1968)は、キリスト教神学では『新正統主義』に分類されているが、パウル・ティリッヒも『神・聖書の啓示』を重視する思想を構築したことから、カール・バルトと並ぶ新正統主義の神学者として認識されることも多い。

パウル・ティリッヒの『応答する神学』とカール・バルトの『弁証法神学』との最大の違いは、バルトは聖書の啓示を真理として人間の実際の社会・文化・実存と切り離しているが、ティリッヒのほうは『聖書の啓示』を『人間の存在に含まれる問いかけ』に対する正しく有効な答えとして解釈していることである。ティリッヒにとっては、人間そのものが自分自身の内に生に対する究極の答えを持たない『大きな問い』であり、神学や啓示はその人間の実存的な問いに対する答えなのである。



posted by ESDV Words Labo at 09:36 | TrackBack(0) | て:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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