ハーバート・ブライアン(Herbert Bryan)
ハーバート・ブライアン(Herbert Bryan)は、クライエント中心療法のカール・ロジャーズがカウンセリングを行ったクライエントであり、日本を代表するロジャーズ派のカウンセラー・友田不二男(ともだふじお,1917-2005)が研究対象として重視していた事例でもある。
友田不二男の啓蒙的なライフワークの一つとしてカール・ロジャーズの著書の翻訳と紹介がある。友田は、C.ロジャーズの学派・派閥に囚われない『クライエントの利益・幸福』を最優先にするカウンセリングを広める活動において先導的な役割を果たした。
C.ロジャーズの著書『カウンセリングとサイコセラピー――実戦する場合の新しい考え方(1942)』を研究するうちに、友田不二男は『どの理論・学派を採用するかよりも、クライエントのために実際に何をすることができるかのほうが重要である』というサイコセラピーの本質に到達する。
そのサイコセラピー(心理療法)の本質に行き当たるきっかけになったのが、『カウンセリングとサイコセラピー――実戦する場合の新しい考え方(1942)』の『第四部 カウンセリングの実践記録』であった。
日本ではこの『第四部 カウンセリングの実践記録』は、友田不二男が監修した『ロージァズ全集の第9巻 カウンセリングの技術(岩崎学術出版社)』の収載されている。
ここに掲載されているカウンセリングの事例研究(ケーススタディ)が『ハーバート・ブライアンの事例』なのである。ロージァズ全集の第9巻の副題は、『カウンセリングの技術 : ハーバート・ブライアンの例を中心として』であり、編集を友田不二男が行い、翻訳を児玉享子が行っている。
カール・ロジャーズがカウンセリングを行ったとされる『ハーバート・ブライアンの事例』は、名実共に世界で初めてとなる『カウンセリング場面の逐語的な実践記録』であり、カウンセリング研究の方法論に新たな地平を切り開いた画期的な著作であった。
C.ロジャーズはカウンセリングの面接場面のプロセスで交わされるすべての言葉(カウンセラーとクライエントの言葉)を、テープに録音することで事後的な研究・教育の材料にする(クライエントの同意を得た上で)という当時としては画期的な研究方法を思いついたのである。
友田不二男はハーバート・ブライアンのカウンセリング場面を検証して、ブライアンが真空(誰にも干渉されない独りの状態)になる必要があると言及している点に注目して、『ブライアンの真空』というカウンセリングにとって重要な概念を提唱した。
友田は著作の中で『人間というものの真の飛躍もしくは成長は、完全に一人ぽっちである時に生起する。個人の飛躍もしくは成長を確かなものにするのは、何らかの人間関係においてか、もしくは現実の世の中においてである。が、しかし、真の成長や転換が起るのは、現実の人間関係においてでもなければ現実の世の中においてでもない。このことはまた、禅の真理でもある』と書いて、『孤独と人格的成長の相関関係』によって問題が解決に向かうカウンセリングの本質を指摘した。
友田は『真の孤独』について、過去に縛られず未完の仕事に執着せず、未来に不安を覚えていない心理状態だと定義したが、この孤独はあるがままの自分や状況を受け容れることができる『ブライアンの真空』へと発達していく可能性を秘めているのである。