芸術心理学(art psychology)
芸術療法とも呼ばれるアートセラピー(art therapy)については過去の項目で解説したが、芸術療法とはリラックスできる治療的な制作環境の中で自由な表現行為を行うことによって精神的なカタルシス(感情浄化)と直感的なアウェアネス(気付き)を得ようとするものである。芸術療法で用いられる創作行為には絵画・漫画・粘土細工・彫刻・コラージュ(切り絵)などがあるが、自由闊達な芸術活動(造形作業)によって無意識的な欲求や内面的な情動を発散し表現することによってセラピー効果(カウンセリング効果)を得ることができる。
アートセラピー(芸術療法)は、クライエントにとっては表現療法に分類される心理療法としての意義があるが、カウンセラーにとっては投影法(描画法)に分類される心理アセスメントとしての機能が期待される。クライエントに絵画(家族画・人物画・風景画・樹木画)を描かせる教示を与えて実施する描画法の心理アセスメントには様々な種類があるが、良く知られたものとしては、コッホのバウムテスト(樹木画テスト)やJ.N.バックのHTPテスト(家・木・人の絵を描かせるテスト)などがある。
E.アルマンが嚆矢となったアートセラピーであるが、その開発や変遷とも関係する応用心理学の分野として芸術心理学(art therapy)がある。芸術心理学とは心理学と美学の中間領域にある応用心理学分野であり、「芸術の動機・モチーフの想像・創造性の分析・芸術の制作過程・生理学的な過程・時代や文化による芸術の変化」について研究調査する分野である。芸術を実際に創造する過程の分析や芸術に適性(才能)のある人の特徴の解明、芸術的能力の向上などを目的とする心理学分野だが、最近では科学的な心理学として芸術心理学を研究している研究者は極めて少ない。
芸術心理学が下火となった最大の理由として考えられるのは、「芸術的な価値(文学や芸術に対する感動や興奮)」という人間の心理的評価(主観的価値)を、科学的に定量化して分析したり統計学的に評価したりすることは原理的に無意味だからであり、芸術活動を科学的に研究しても時代のニーズや文化の風潮に見合った芸術作品を生み出すことは到底できないからである。しかし、身体生理と精神活動の関係を科学的(数量的)に研究して精神物理学を構築しようとしたグスタフ・テオドール・フェヒナー(Gustav Theodor Fechner, 1801-1887)も芸術心理学に対する知覚心理学的アプローチに強い興味を示したと言われる。「ファウスト」や「若きウェルテルの悩み」で知られるドイツ文学史上最大の巨人であるゲーテも、芸術心理学の下位分類に位置づけられる色彩心理学と創作行為の関連性について関心を寄せていたとされる。
グスタフ・フェヒナーは物理学の学師であるエルンスト・ハインリヒ・ヴェーバー(Ernst Heinrich Weber, 1795-1878)の重量と感覚に関する「閾値(いきち)」の研究を進展させて、人間の重量に関する感覚の弁別閾(閾値)に関するヴェーバー=フェヒナーの法則を確立した。ヴェーバー=フェヒナーの法則とは、「人間が気付くことのできる二つの重量の差異(丁度可知差異)」に関する法則であり、二つの重量の違いを区別できるときの値を弁別閾という。
「感覚の大きさは、刺激の強さの対数に比例する」ことを示す法則であり、「感覚量が等差級数的に変化すれば、物理量は等比級数的に変化する」と考えることができる。客観科学的な数式で心理現象を解明しようとしたフェヒナーは、「S=alogR(S=感覚の大きさ、a=定数、R=刺激の強さ(重量の重さ)」という公式でヴェーバー=フェヒナーの法則を表現したのである。

