ロロ・メイ(Rollo May)と実存主義療法:2
精神分析では『不安(anxiety)』を神経症(ノイローゼ)の典型的かつ病理的な精神症状の一つとして定義するが、ロロ・メイは友人であるドイツ生まれの神学者パウル・ティリッヒの著作『存在への勇気』に影響を受けて『不安の意味』という著書を書いている。
メイは神経症に見られるような『精神病理としての不安』と、人間であれば誰でもその実存的な存在形式のために持つような不安である『実存的な不安(正常範囲内の不安)』を区別したのである。
パウル・ティリッヒのいう『存在への勇気』とは、『死・運命・無意味(ナンセンス)』などの人間にとって不可避な限界事象が生み出す不安を乗り越えようとする勇気であり、『そうであるにも関わらず(人間は生きなければならない)』という逆説的な勇気づけの主張がそこには込められている。
ロロ・メイは人間がその固有の存在形式の構造(=実存)によって感じざるを得ない不安は『実存的不安(死・運命・障害・離別・無意味などの不安)』であるとしたが、この実存的不安を感じることによって『自己成長の機会・問題解決の端緒・本来の自己』を得ることができるのだと説いた。
メイには『不安の意味』『失われし自己を求めて』という不安をテーマにした著作があるが、これらの著作における不安の考察にはP.ティリッヒの『不安は非存在の遺産であり、勇気は存在の遺産である』という記述が影響を与えていると言われる。つまり、ロロ・メイとパウル・ティリッヒの想定した不安と勇気というのは、人間の存在形式である『実存』に根ざした不可避かつ普遍的な感情・意志である。不安と勇気は、必ずしも精神病理や特別な勇ましい意志の現れではないのである。
不安の意味は、自己成長の機会や問題解決の端緒にあるという考え方について、ロロ・メイは『存在の発見』の中で『不安は、ある可能性(自己の実存を充足させるある可能性)がその人に向かってあらわれてくる、その時点で起こるものなのです。しかし、まさにこの可能性そのものが、現在の安定感を破壊する可能性をも含んでいて、その安定感の方を得ようとすると、新しい可能性が否定されてしまうという傾向も生まれてくるわけです』と語っている。
現在の安定感に留まれば新たな可能性や自己成長を諦めざるを得ず、新たな可能性・成長機会を切り開こうとすれば誰もが必然的に『不安』を感じてしまうということである。新しい可能性を切り開くことに挫折すれば、自己否定や罪悪感が生じる。そして、何が何でも安定感を維持するために不安を追い出そうとすれば、『秩序の乱れ・安定のゆらぎ』を異常に嫌うことになり、儀式的な強迫行為を反復する『強迫性障害(強迫神経症)』になってしまうのである。
ロロ・メイがアメリカに導入した実存主義療法(実存分析)や実存的アプローチは、ヒューマニスティック心理学のカウンセリング技法などにも浸透していくことになり、カール・ロジャーズやアブラハム・マズローにも人間の実存に根ざしたカウンセリングや人間主義の理論は非常に大きな影響を及ぼした。実存主義療法を心理療法の技法・思想として確立したのが、V.E.フランクルの『ロゴセラピー』と呼ばれる技法である。

