ウェブとブログの検索

カスタム検索





2014年10月04日

[カール・マンハイム(Karl Manheim)と知識社会学:1]

カール・マンハイム(Karl Manheim)と知識社会学:1

カール・マンハイム(Karl Mannheim, 1893-1947)は、ハンガリーのブダペスト生まれのユダヤ人で、ドイツと(ナチスドイツから逃れた)亡命先のイギリスで社会学者として活躍した。カール・マンハイムは『知識社会学(sociology of knowledge)』という社会学分野の研究法・知識観を提唱して、文学や哲学、社会思想、科学に及ぶ様々な人間の知識やイデオロギーの社会的基盤を分析した。

K.マンハイムは、ブダペストとフライブルクで学んだ後、1914年にドイツのベルリンでゲオルグ・ジンメルに師事して社会学の基礎的な研究法や考え方を修得したという。パリとハイデルベルクで社会学の研究を行って論文を執筆し、1918年に博士号を取得してから、1919年にドイツへと移住した。

ドイツでは1922年から1925年まで社会学者・経済学者のアルフレート・ヴェーバーに師事して、1926年にハイデルベルグ大学の講師となり、1929年にフランクフルト大学で社会学部の教授に就任した。1933年に、ユダヤ人排斥を掲げるアドルフ・ヒトラーが政権を掌握したため、K.マンハイムはイギリスへと亡命することになり、1946年にロンドン大学教育学部の主任教授の地位を得ている。だが翌年の1947年に死去することになった。

ハンガリーに生まれてドイツに移住し、ドイツから亡命ユダヤ人としてイギリスに渡ったという経験は、カール・マンハイムの自己アイデンティティを特定の国家・社会・階層だけに帰属しない中間的な位置づけを持つ『境界人(マージナル・マン)』にしたとも言われている。

K.マンハイムの知識社会学の根底にあるのは『存在拘束性』という概念であり、どのような思想(イデオロギー)・知識もその立場や時間、社会階層、利益などに拘束されていて、純粋に客観的・科学的な思想(真理に接近する他の思惑がない思想)というものは殆ど存在しないという考え方である。思想・知識の存在被拘束性を乗り越えて、客観的真理を追求しようとすれば、全体的視野から世界・歴史・社会を観察する必要性が出てくる。

マンハイムは知識社会学において客観的真理を追求可能な人間のことを、『自由に浮動する知識人(自由に浮動するインテリゲンチャ)』と呼んでいるが、立場や組織、利益、時間軸、社会階層に全く拘束されずに自由に思考・研究できる人間は殆どいないため、客観的知識を確立する社会学的営為のハードルは極めて高いのである。

K.マンハイムの知識社会学の背景にあるのは、史的唯物論(共産主義社会への発展の歴史的必然性)に基づいて社会科学を標榜していた『マルクス主義のイデオロギー』である。マンハイムは当時、疑いのない科学的知識として信じられていたマルクス主義の史的唯物論・共産主義革命のイデオロギーを、資本主義・市場経済の思想・官僚主義と同様に『社会階層・集団の利益・時間軸』に拘束された知識・思想(存在拘束性の影響を受けた思想)であると考えた。



posted by ESDV Words Labo at 15:14 | TrackBack(0) | ま:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック