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2014年10月15日

[カール・ヤスパース(Karl Jaspers)]

カール・ヤスパース(Karl Jaspers)

カール・ヤスパース(Karl Jaspers)はドイツの精神医学者・哲学者である。ヤスパースは精神病理学の分野で網羅的・了解心理学的なテキストを残した功績が知られているが、ハイデルベルク大学に進学した当初は法曹である父親に従って法学を専攻していた。

1901年に法学から医学の道へと学問の分野を転向して、8年かけて1909年に医学部(メディカル・スクール)を卒業した。医師免許を取得した当初はハイデルベルクの精神病院で臨床医として勤務していたが、1913年にハイデルベルク大学医学部の教員として精神医学を教え始めると、臨床医から研究医(精神病理学の研究者)に路線を転換していった。

カール・ヤスパースの最初の著作は『精神病理学総論』であるが、ヤスパースの網羅的な精神病理学は“自然科学・生物学”ではなく“了解心理学”の方法論に立脚しており、精神疾患の患者にインタビュー(心理面接)をすることによってその精神症状・内的体験を忠実に記述していくスタイルを採用していた。

カール・ヤスパースの了解心理学的な精神病理学は、『記述精神病理学』の先駆けとなったものである。その後、精神病(統合失調症)の一級症状や人格障害(パーソナリティー障害)の特徴を記述したクルト・シュナイダーにもこの研究方法が引き継がれていったが、『精神疾患の生物学的原因』を軽視してしまう欠点も併せ持っていた。また、患者の語る言葉によって精神症状の具体的内容を理解しようとする方法なので、『精神疾患の主観的な理解』にどうしても偏ってしまうという限界があった。

カール・ヤスパースは更に精神医学から哲学へと転向して、1921年から1937年までバーゼル大学で哲学教授の職務をこなした。ヤスパースは哲学だけではなく政治哲学・政治的論評の分野でも『ドイツの戦争責任・米ソ冷戦と核戦争の危機という限界状況』などをテーマにして積極的な発言・執筆を行った。

ユダヤ人としてナチスドイツに迫害されかけ、敵国であるはずのアメリカの軍隊にぎりぎりの段階で救出されたという特異な戦争体験をしたヤスパースは、自国ドイツの戦争責任を客観的視点から振り返ろうとする『責罪論』という著作を書いている。しかし、この『責罪論』の内容については、ドイツ人からの歴史的・道義的批判も寄せられ、ヤスパースを『ドイツの裏切り者』とする激烈な中傷を浴びせられたりもしたという。

ヤスパースの哲学は、神(包括者・超越者)へと向かう人間存在(実存)というキルケゴール的なテーマに基づいた実存主義哲学であるが、現代ではヤスパースの『固定的・文学的・観想的(傍観者的)な側面』がある実存主義哲学の内容そのものが評価されることは少ない。しかし、ヤスパースの哲学研究は、教え子のハンナ・アーレントなどにも少なからぬ影響を与えていると言われる。

ヤスパースの哲学分野の主著は『哲学(全3巻)』であるが、ヤスパースは人間が自らの存在意義に無自覚に生きている状態を『自己忘却の状態』として、『実存』は自己忘却の状態から離脱した人間に固有の存在形式なのだと考えていた。実存とは私が『包括者・超越者(本来的存在としての神)』によって生きていることを知るために、神へと徹底的に立ち返っていこうとする存在形式なのだと主張した。

『哲学 第2巻』の実存解明では『交わり・限界状況・絶対的意識』の3つが『存在意識の変革』を成し遂げるためのキーワードとして提唱されている。すなわち、『神(包括者)』という実存の究極的目標に立ち返るためには、『交わり(自己開示・コミュニケーション)』によって『限界状況(自己存在の有限性)』をまず自覚しなければならず、そこから『絶対的意識』によって神(包括者)と向き合う宗教的・精神的な態度が形成されていくとされている。こういった神(包括者)を実存の究極的根拠とする仮定は、セーレン・キルケゴールの『死に至る病』との共通点が指摘される部分でもある。

カール・ヤスパースは実存主義哲学の先達として認識されているが、政治思想や歴史哲学、哲学史など幅広い言及を行っていて、 『哲学(全3巻)』以外にも『ニーチェ』『理性と実存』『真理について』『大哲人たち』など多数の著作を書いている。



posted by ESDV Words Labo at 06:44 | TrackBack(0) | や:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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