ウィルヘルム・グリージンガーの単一精神病論とエミール・クレペリンの精神医学教科書:2
W.グリージンガーは、脳神経科学の発展によって精神病の根本的な原因と治療法が解明されるまでは、心身症状の共通性や特徴・経過によって精神疾患群を大まかに区別することしかできないと考えていたのである。
ウィルヘルム・グリージンガーの単一精神病論とエミール・クレペリンの精神医学教科書:1
20世紀最大の精神病理学者とも評価されるエミール・クレペリン(Emil Kraepelin, 1856-1926)も、グリージンガーの科学的・記述的な精神病理学の構想の影響を受けており、19世紀末から20世紀初頭にかけて記述主義に根ざした網羅的かつ体系的(分類学的)な『精神病理学の教科書』を何度も改訂した。
エミール・クレペリンが疾病概念と疾病分類を整理した記述主義的・生物学主義的な精神病理学(疾病分類学)のテキストは、20世紀前半の精神医学分野で『スタンダードなテキスト』として機能した。だが、20世紀になると力動的精神医学(精神分析)を標榜するジークムント・フロイトや力動的なスキゾフレニア(統合失調症)の理論を唱えたオイゲン・ブロイラー、内面心理を分析しない行動主義心理学のジョン・ワトソンなどの影響力も強まっていき、E.クレペリンらの『生物学主義・記述主義の精神医学』の対抗勢力になる学派・派閥も増えてきたのである。
ミュンヘン大学教授などを歴任し、現代精神医学の分類学的な基礎を築いたエミール・クレペリンは、主著の『精神医学教科書』を第9版まで改訂しているが、その教科書の第5版(1896年)でフランスの精神医学者B.A.モラルが考案した“Dementia Praecox(早発性痴呆)”を独立した疾患単位として分類している。近代日本の精神医学の黎明期に主導的な役割を果たした呉秀三(くれしゅうぞう,1865-1932)も、ドイツ留学中(1897-1901)にE.クレペリンに教えを受けており、日本に生物学主義・記述主義に基づく精神病理学の考え方を輸入した。
E.クレペリンの早発性痴呆は後に、スイスの精神医学者オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler, 1857-1939)によって『統合失調症(Schizophrenia)』として再定義される。クレペリンの精神医学教科書の第6版(1899年)では、『躁鬱病(双極性障害)』が疾患単位として確立されることになり、20世紀の精神医学の疾病分類では『早発性痴呆(統合失調症)』と『躁鬱病(双極性障害)』が二大精神病として認識されるようになった。
この二つに『てんかん』を加えて三大精神病と言われた時代もあったが、けいれん発作・意識障害が起こるてんかんは『精神病』というよりは、『脳の器質的障害(異常で過剰な神経細胞間での放電)』によって発症する身体疾患に近いものである。