オイゲン・ブロイラーの統合失調症(Schizophrenia)の『4つのA』とドイツ精神医学(記述精神医学)の歴史
クレペリンは『精神医学教科書』において、『疾病単位(Krankheitseinheit)』という概念によって各種の精神疾患を分類していったが、疾病単位は定型的な症状を発症して一定の経過を辿った後に同じような予後(転帰)に至るという前提に立っている。
エミール・クレペリンの早発性痴呆(Dementia Praecox)とそれ以前の破瓜病・緊張病・妄想病
W.グリージンガーの影響を受けて、科学的な生物学主義に立脚した精神医学を構想したE.クレペリンは、精神疾患の根本原因として『脳の病理学的所見』を仮定していた。そのため、精神疾患の決定的な治療法についても、『脳内の器質的・機能的な異常』を改善することにある(=精神疾患の治療は薬物療法と親和的な治療法である)と考えていたと思われる。
スイスのチューリヒ大学の精神医学者オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler, 1857-1939)は、クレペリンの早発性痴呆に精神分析学的(心理学的)な解釈を加えて、『統合失調症(Schizophrenia)』という新たな疾病単位を提唱した。E.ブロイラーは統合失調症の主要症状として『4つのA』を指摘している。
1.観念連合の障害(loosening Association)……観念・思考を適切にまとめることができなくなり、支離滅裂な発言をしたりコミュニケーションが成り立たなくなってしまう。言語的な認知障害としての特徴を持つが、躁病のように無数の観念(アイデア)が湧き上がってきて思考がまとまらなくなるような症状もある。
2.自閉性(Autism)……自分の内面に引きこもったり、他者への興味関心が失われて反応しなくなってしまうことで、日常生活や人間関係に適応できなくなる。
3.感情の障害(blunted Affection)……喜怒哀楽の感情が鈍麻したり平板化したりすることで、相手や状況に合った適切な感情の表出・伝達が出来なくなってしまう。統合失調症の『陰性症状』としての特徴を持つ。
4.両価性(Anbivalence)……愛情と憎悪など正反対の感情が同時に存在して葛藤することで、感情的な価値判断や合理的な意思決定ができなくなり混乱してしまう(パニックに陥ってしまう)。
E.ブロイラーの統合失調症(スキゾフレニア)の研究と関連する主著には、『早発性痴呆または精神分裂病群(Dementi apraecox oder Groupeder Schizophrenien,1911)』がある。ブロイラーは同じチューリヒ学派のカール・グスタフ・ユングに仲介してもらって、ジークムント・フロイトと交流を深め精神分析に強い影響を受けていた時期(1906年〜1911年)があり、フロイトと協力して雑誌『精神分析学並びに精神病理学年報』を刊行したりもしている。
19世紀末〜20世紀のドイツ精神医学の歴史は、エミール・クレペリンの『精神医学教科書(1899年)』によって精神疾患の分類(疾病単位)と診断基準の確立を進め、オイゲン・ブロイラーが1911年に統合失調症(Schizophrenia)の疾病概念を提唱したことで大枠が固まった。客観的に精神疾患の心身症状(病的現象)を観察・分析・分類して、できるだけ主観や臆測を交えずに記述していく『記述精神医学』は、クルト・シュナイダーの『臨床精神病理学(Klinische Psychopathologie,1950年)』によって一応の完成を見ることになる。
そして、E.クレペリンやK.シュナイダーらの生物学主義・記述主義といった近代精神医学の基本前提は、アメリカ精神医学会が編纂する『DSM‐V』以降の現象学的かつ客観的な診断基準にも採用されている。