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2014年12月19日

[アメリカの力動精神医学とアドルフ・マイヤー:2]

アメリカの力動精神医学とアドルフ・マイヤー:2

力動精神医学の基礎理論はジークムント・フロイトの精神分析であるが、アメリカで発展することになった力動精神医学は、当時のアメリカの精神医学会の最大の権威であったアドルフ・マイヤー(Adolf Meyer,1866-1950)『精神疾患の不適応理論(反応型の概念)』『精神生物学』の影響も受けることになった。

アメリカの力動精神医学(dynamic psychiatry)の歴史と特徴:1

アドルフ・マイヤーはアメリカの精神医学そのものの始祖と見なされることもある重鎮だが、A.マイヤーはアメリカに生まれたアメリカ人ではなく、スイスに生まれてチューリヒ大学医学部で医師免許を取得している。医師免許取得後に、パリとロンドンといったヨーロッパの大都市で医師としての知見を高めた。マイヤーは1892年に渡米して、神経病理学の研究を続けながら精神科で臨床を行っていた。

A.マイヤーは、進化論のチャールズ・ダーウィンや神経病理学で器質力動論を提唱した神経学者J.H.ジャクソンの理論的な影響を受けて、ドイツの精神科医エミール・クレペリンの記述精神医学やアメリカの哲学者ジョン・デューイプラグマティズム(実用主義)にも強い関心を持っていた。エミール・クレペリンの網羅的かつ分類的な精神医学の教科書をアメリカに初めて紹介したのもマイヤーである。

アドルフ・マイヤーは、社会的・生物学的な環境に適応して自己(自我)や能力を発展させていく人間が、環境・他者に対して不適応を起こしてしまった状態が『精神障害(精神疾患)』であると考えた。精神障害(精神疾患)を、環境や他者に対する不適応反応であるとするこのA.マイヤーの考え方を『反応型の概念(concept of reaction-type)』という。

A.マイヤーは力動精神医学の歴史的発展に大きな寄与をしているが、力動精神医学のベースになっているS.フロイトの精神分析については一定の評価をしながらも、全面的に傾倒したり同意・実践したりすることは遂になかったという。

A.マイヤーの精神医学はどちらかというと、複数の専門家が協力して総合的な患者のサポートを行うという『リエゾン精神医学』に近いものであり、精神科医以外にも看護師、臨床心理学者(精神分析家)、ソーシャルワーカー、地域ボランティア、作業療法士(理学療法士)、弁護士、役所の福祉担当者などが協力して患者の治療・支援に当たるべきだと主張していた。

S.フロイトの精神分析は、複数の専門家が協働するリエゾン精神医学とは対照的な考え方(方法論)である『臨床的個人尊重主義』を採用しており、分析家とクライエントとの『個人的なリレーションシップ(人間関係の質)』を重視する精神療法である。

アメリカの個人主義や自由主義の価値観とマッチした精神分析は、力動精神医学の主要な構成理論・参照枠として機能することになり、1950〜1960年代のアメリカでは精神医療の方法といえば精神分析を指すというほど精神分析が最盛期を迎えることになった。アメリカにおける精神分析の最盛期に活躍した分析家として、カール・メニンガーウィリアム・メニンガーのメニンガー兄弟がいる。

メニンガー兄弟が1925年に設立したメニンガー・クリニックは、米国で初めて精神分析を用いた入院療法を実践する精神医療機関となり、更に1945年には優れた精神科医・精神分析家を育成するための精神科レジデント教育に力を入れる『メニンガー精神医学校』が建設された。メニンガー・クリニックの精神医療は、戦場のトラウマによって神経症症状が発現した『戦争神経症』の患者たちの治療・改善・予防法の立案にも貢献することになった。



posted by ESDV Words Labo at 14:41 | TrackBack(0) | あ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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