インフォームド・コンセントの歴史と医師‐患者の信頼関係(プロセス・モデル):2
アメリカの医療業界では『医療裁判のリスク回避・法的な医師と患者の責任と役割の範囲の明確化』ということにICの要点が集約されやすいが、日本の医療ではむしろ『医師‐患者の対立的関係(訴訟リスク)』よりも『医師・患者の協力的関係(親切で安心できる人間関係)』ということに力点が置かれやすい傾向が見られる。ICは更に『患者が自分の病気・治療の真実(本当の情報)にアクセスできる権利』という観点からも積極的に推進されているものである。
インフォームド・コンセント(IC)を、『がん・推測余命の告知』のように人間の生死に関わる重要な病気の告知と病状・治療法の説明としてのみ捉えるモデルを『イベント・モデル(event model)』という。しかし、近年では一時的な告知に留まるイベント・モデルよりも、医師・患者の持続的かつ良好な人間関係(信頼関係)のプロセスとしてICを捉える『プロセス・モデル(process model)』のほうが有力になってきている。
ICの理想は、一定以上の信頼感・安心感・権威性(自分を守ってくれる感覚)のある人間関係によって達成されやすくなる。そういったラポール(相互的な信頼感)の成り立った医師‐患者の人間関係の下で、適切な態度と最適なタイミングで『病気・検査法・治療法・経過や予後の丁寧な説明』が行われる時に、患者は自分にとって望ましいと判断する検査法・治療法を選択しやすくなるのである。
理想的なICが成立するのは実際の臨床場面・人間関係では難しいが、ICが上手くいくかどうか、患者が主体的に治療に参加して選択するかどうかに関係する要因として、『病気の種類と重症度・患者の心身の状態・患者の性格傾向や価値判断・家族関係・治療意欲』などが関係していると考えられる。
一般的な医療分野(身体医学)におけるインフォームド・コンセント(IC)と比較すると、精神医学におけるICの導入は10年以上の遅れがあった。患者に自分の精神疾患を理解する能力(精神状態)がなかったり責任能力(同意する能力)がなかったりするケースも多いため、精神医療ではICの有効性や法的な効果そのものを期待できないことも多いからである。
精神医療分野でICの導入が遅れたもう一つの理由は、『薬物療法・外科手術』によって症状が分かりやすく治癒・改善しやすい身体疾患とは違って、精神疾患の治療効果は薬物治療でも精神療法(心理療法,カウンセリング)でも予測が難しいということがある。
頭痛や腹痛、鼻水に効果のある薬を処方すればほぼ確実に症状が軽減するのでICを成立させるのは容易だが、統合失調症・気分障害(うつ病)のような精神疾患の場合には『こういった治療をすれば症状が確実に良くなる』ということを明言することは極めて難しい。効果と副作用のどちらにおいても確率論になりやすく、ICをするにしても『治療法の選択肢の呈示・根気強く治療を続けていけば改善しやすくなるという予測』以上のことはしづらいのである。