精神分析(力動的心理学)の『局所論』の見地と『不適切な欲求』の抑圧:1
ジークムント・フロイトが創始した精神分析(力動的心理学)の中心には、『局所論(精神構造論)』と『自我構造論(心的装置論,心的構造論)』という二つの理論的見地がある。局所論(精神構造論)というのは、人間の精神の構造が『意識・前意識・無意識』の3つの領域に分けられるという理論である。
1.意識……今現在の時点で、考えたり感じたり覚えていたりする心理内容が存在する領域。今現在の自分が、無理なくアクセスできる自然な心理状態。
2.前意識……普段は思い出せないが、意識して意図的に思い出そうとすれば思い出すことのできる領域。ちょっとした過去の記憶や今現在の時点では意識されていない心理内容が保存されている場所である。
3.無意識……普段思い出せないだけではなく、『抑圧・否認・合理化・隔離』などの自我防衛機制によって、意識して意図的に思い出そうとしても思い出すことのできない心理内容が保存されている領域。
『無意識』は社会的・道徳的に望ましくない本能的な欲望や反道徳的な衝動、自分が認めたくない過去の苦痛な記憶が抑圧されていることが多い領域である。精神分析ではこの無意識に自由連想でアクセスすることで、症状を根本的に治療することを目指したが、その治療メカニズムのことを『無意識の意識化・言語化』と呼んでいる。
正常で健康な心理状態でも、状況や相手に応じて『不適切な欲求・願望・衝動(社会的に望ましくないとされる欲求)』を抑制したり抑圧したりすることは行われているが、異常で病的な心理状態になると社会的・公的な場面において『不適切な欲求・願望・衝動』とされるものを、私的で自由な場面においても表現したり解放したりすることができなくなる。
正常・健康な心理状態は、状況や相手、場面に応じて『自分の本能的な欲求・反道徳的な願望』を上手く調整しながら表現したり解放したりしているが、そういった自分の本音の部分にある幼児的・本能的な欲求の解放のメカニズム(自我防衛機制の一種)を精神分析では『退行』と呼んでいる。
社会的・公的な場面では、自分の性的趣味や異性への欲望をあからさまに語ることは道徳的なタブーでありセクハラやマナー違反に該当する恐れが出てくるが、親密な関係性(プライベートな領域)にあってお互いを信頼している恋人・夫婦の間であれば、そういった性的な興味や話題をリラックスして楽しく語ることを『正常な退行・甘え・性的発散』の範囲にあるものとして社会的にも承認されている。睡眠や遊び、娯楽、性生活、飲酒の場などは、そういった適度な退行や甘えにつながる行為・状態として考えることができる。