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2015年07月06日

[“死にたい・消えてしまいたい”という希死念慮の主訴を持つ患者に対して、どのような態度で傾聴すべきか?]

“死にたい・消えてしまいたい”という希死念慮の主訴を持つ患者に対して、どのような態度で傾聴すべきか?

昔の精神医学や心理臨床では、『自殺をすると口に出していう人ほど自殺はしないものだ(口だけの自殺企図の脅しは実際に実行されることは少なくただ心配して欲しいだけだ)』という通俗的な心理解釈が罷り通っていたが、近年の研究では『自殺したい・死にたい・生きているのがつらい』などと言葉に出して訴えている人のほうが、自殺願望について口にしない人よりも自殺率が高いことが分かっている。

自殺リスクの高い人が、『もう死にたい・生きているのが耐えられない』という希死念慮について打ち明ける時には、意識的にせよ無意識的にせよ『心理的に甘えられそうな相手・寄り添って話を聞いてくれそうな相手』を選んでいることが多い。

そういった希死念慮について話された相手は、どのように答えれば良いのか分からずに強いストレスを受けやすく、大半は『みんな大変な中で頑張っているんだからなど適当に励ます・面倒になって話をはぐらかす・何とかなるさの楽観を示す・生命を大切になどの分かりきった注意や説教をする』といったあまり適切とは言えない対応になりやすくなってしまう。

希死念慮について打ち明けて話を聞いてもらおうとしている時には、その人の『本音・本心(内面的な苦しみと絶望感)』が表現されやすい状態になっているので、話を聴く人の対応が適切であればあるほど、実際の自殺企図に及ぶリスクを減らしやすいと考えられている。

危機的状況にある相手に向かい合った場合の『適切な傾聴』というのは、自殺したいという願望に対して頭から否定したり批判したりするのではなく、その人が抱えている『耐えがたい精神的苦痛』に対して想像力を働かせながら共感して支持する聴き方である。

あるいは、相手の主訴(苦しみ・つらさの訴え)を受容しながら、相手の話したいと思っている内容を話してもらうということ、聞き手である自分の意見・価値観・常識などを無理やりに押し付けずに、相手の生き方や苦しみを共感的に受け止めていくという聴き方である。

こういった治療的なカウンセリング(クライエント中心療法の実践)に等しい徹底的かつ共感的な傾聴をするのは、精神的にも体力的にもかなり大変なことであり、死にたいほどに苦しんでいる相手の心理に寄り添って受け止めていくには自分自身が精神的・現実的にかなり健康でなければ無理である。

しかし、『話を聴く側の心理状態(気分・感情の安定度)・ストレスの問題』もあるので、自殺リスクのある人に対して、なかなか理想的な対応や応答ばかりもして上げられない(専門家であってさえも24時間体制で自殺志願者の話に真剣に耳を傾けることは現実的に無理である)という問題は残る。

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posted by ESDV Words Labo at 16:56 | TrackBack(0) | き:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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