自殺行動の危険因子としての“自殺未遂・自傷行為のエピソード(既往歴)”
自殺に対する『心理学的剖検』では、『貧困・病気・孤独・虚無感・対象喪失(別離)』などのさまざまな自殺行動の危険因子が特定されて分析されているのだが、実際の自殺に至る確率が格段に高い危険因子は『自殺未遂(自殺企図したが死には至らなかった)』の既往エピソードである。
どんな形態やどのくらいの程度であっても、自殺を実際に企図して実行しようとしたがやりきれなかった者は、そうでない者よりも数百倍以上は自殺リスクが高くなることが分かっている。
自傷行為としてのリストカットやアームカット、OD(過量服薬)などは、『親しい人や周囲の人の愛情・心配・関心を集めること』が主な目的になっているので、実際の自殺につながることは少ないのだが、そういった自傷行為であっても『死んでしまいたい・消えてしまいたいという思い』が希死念慮のレベルにまで強まっていて半ば自殺行為として自傷が試みられているケースでは、有意に自殺リスクは高くなってしまうのである。
『自殺未遂の既往歴・エピソードのある患者』を長期間にわたってフォローアップした調査研究では、一般人口の自殺率よりも数十倍から数百倍以上の圧倒的に高い自殺率を示すことが判明している。
だから、希死念慮や自殺願望を表現している患者(うつ病・境界性パーソナリティー障害などの患者)の精神医学的な診療場面では、『過去に自殺を図ったことがないかどうか(今までに自殺未遂の前歴がないかどうか)』を確実に本人や家族から聞いておくことが大事である。更に自殺企図の前歴がある患者に対しては、自殺に関するいざという場合の『緊急的な危機介入の方法・順序・連携』についてシミュレーションしておくことが望ましいのである。
“自殺企図”には“自傷行為”と類似の複雑にこんがらがった心理をすっきりさせる『カタルシス効果(感情浄化の効果)』もあるので、自殺を試みた患者のその直後の心理状態は、必ずしも『最悪の抑うつ状態・絶望状態』というわけではない。そのことが、自殺企図のリスクに対する対応の難しさ、あるいは自殺に臨もうとする患者心理の複雑さにもつながっている。