双極性障害(躁鬱病)の回復期・躁転期における自殺リスク:情報収集のポイントと危機介入
双極性障害(躁鬱病)の重症例では『うつ病相における自殺率』よりも『躁病相における自殺率あるいはうつ病相からの回復期における自殺率』のほうが高いことが、各種の統計的・疫学的な調査から分かっている。
それは、症状の重たいうつ病相では、『精神運動抑制』によって意欲・気力・行動力が大幅に低下してしまい寝たきりに近いような状態になりやすいからで、死にたいという自殺願望はあっても、それを実際の行動に移すだけの行動力や気力を高めることが出来ないからだと考えられている。
自殺行動の危険因子としての“自殺未遂・自傷行為のエピソード(既往歴)”
そのため、気力や意欲が僅かながらも回復傾向を示し始めた『回復期』に、衝動的かつ突発的に自殺行動を取ってしまうリスクが高まってしまう。あるいは、落ち込んだうつ状態からハイテンションな躁状態に転換する『躁転期』に、精神的な苦痛やつらさが限界に達している状況を解消するための自殺が試みられやすくなってしまうのである。
希死念慮の見られる重症度の高いうつ病患者の精神医学的診療では、少し元気になってきて行動力や気力が回復してきたなと感じられる時期にこそ、自殺リスクに対する十分な注意と警戒、患者の主訴・会話内容に対する『共感的・徹底的な傾聴の姿勢』が必要になってくるところがあるのである。
『虚無感・空虚感・絶望感・自殺願望(希死念慮)』などの訴えがある自殺リスクの高い患者に対して、精神医学的・臨床心理的な治療対応をする場合には、最低でも以下のようなポイントについて、診断的面接の中でチェックしておくことが望ましいと言える。
1.自殺リスクを高めるような精神疾患を発症していないか、発症していればどのくらいの重症度か。
2.今まで過去に自殺を図ろうとした自殺未遂の既往歴やエピソードがないか。あるいは、現在においても自殺企図や自傷行為を繰り返していないか。
3.生活状況や経済状態、人間関係(家族関係)などにおいて強いストレスになっている問題はないか。
4.家族や周囲の人たち、社会資源からどのくらいの頻度・親密さでサポートや心理的ケアを受けることが可能であるか。
自殺リスクに対する危機介入は、一回限りの対応だけでは解決できないことが殆どで、何回も繰り返し行わなければならないことが多く、家族や周囲の関係者、医療関係者、福祉関係者にとっての『時間的・心理的・労力的な負担』はかなり大きなものになりやすい。そのため、患者と医療者・家族・支援者が、精神的な悪循環や悪影響の相互作用によって『共倒れ』しないようにするための工夫をした対応が求められるのである。
自殺問題と精神疾患の症状がオーバーラップ(重複)しているケースでは、『薬物療法・精神療法(カウンセリング)・社会福祉的支援・対人関係的(家族的)な支援』を組み合わせて、統合的な精神療養と包括的な心理ケアを行っていく必要がある。
患者が実際に自殺を試みようとしている兆候がある時、あるいは実際に自殺を試みてしまった緊急事態においては、それ以前の臨床的評価の情報を参照しながらも自殺を絶対にさせない(生命を最優先にして救おうとする)『直接的・物理的な危機介入』を辞さない態度で臨まなければならなくなる。
一方で、こういった『自殺に対する危機介入の可能性』を巡るストレスや緊張感が強すぎることから、一定以上の自殺リスクの高さがある患者について、一般的な精神科・心療内科のクリニックではその受け容れに対して慎重になったり拒絶的になったりするという『治療・ケア姿勢の消極性』が問題になることもある。