病跡学(pathography)・表現病理学2:双極性障害・統合失調症と創造性
統合失調症の幻覚・妄想の対象や内容が、天才・芸術家の『創作的なモチーフ・独創的な世界観』として流用されることも多かったと推測されている。エディプス葛藤や神経症的な症状を多く持っていたジークムント・フロイトと理論的に訣別したC.G.ユングにも、統合失調症的な幻覚・妄想の陽性症状が見られることがあり、その妄想的なイメージやアイデアがユングの独創的かつ幻想的な『分析心理学の各理論・各発想』に与えた影響は非常に大きいと言われている。
病跡学(pathography)・表現病理学1:天才の精神病理
邦訳された著書『無意識の発見 力動精神医学発達史 上・下』で知られる分析心理学の精神分析家・理論家であるアンリ・エレンベルガー(H.Ellenberger)は、歴史に名前や仕事を残すような天才・偉人は創造性の源泉ともなる神経症・精神病といった精神病理を抱えているといった意味で『創造の病』という概念を提唱した。
S.フロイトと同じく対人恐怖症的(社会不安障害的)な神経症症状に悩まされていた心理臨床家・精神科医には、『森田療法』を創始した森田正馬(もりたまさたけ,1874-1938)もいる。
器質的な重症の精神病を発症した音楽家としては、ロマン派の音楽家ロベルト・シューマン(1810-1856)がいて、晩年のシューマンは進行麻痺・認知症・脳動脈硬化症のいずれかを発症して創作的な作曲活動が不可能になり、精神科病院に入院して晩年を過ごすことになった。明治時代の文豪の中でも最高の評価を与えられることも多い夏目漱石(なつめそうせき,1867〜1916)にも、統合失調症的な被害妄想や双極性障害的な激しい気分の波が見られたとも言われる。
シューマンと同じ音楽家でもヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)は若干35歳でリューマチ性炎症熱で夭折したが、精神的には比較的健康であったとされる。
ベートーヴェンも完全主義的な強迫性・感情の激しさを持つ神経症であったと考えられているが、音楽家のグスタフ・マーラーは夫婦関係にまつわる神経症的な不安に苦しみ、指揮者のブルーノ・ワルターは神経症と見られる右腕の拒食的な麻痺を経験している。マーラーとワルターは精神分析の創始者であるS.フロイトの精神分析を受けたこともある。