精神分析の『臨床乳児(clinical infant)』と身体医学・保育・心理学の『被観察乳児(observed infant)』
母子一体感(母子のペアとしての認識)を前提にすると、乳幼児期の発達段階にある子供の問題を考える際には、以下のようなケースを想定することができる。
1.乳幼児本人の要因……遺伝的・生理的な要因に基づく広汎性発達障害や情緒障害など。
2.親(養育者)の要因……マタニティーブルー(産後うつ)や育児不安、育児ノイローゼなど。
3.親(養育者)と乳幼児の相性の要因……“ストレス耐性が低い・神経過敏・心配性・短気・飽きやすい”などの特徴を持つ親(養育者)が、“過敏・わがままで育てにくい性格行動パターンを持つ乳幼児”を育てるケースなど。
R.エムディの『母親参照機能(maternal referencing)』とD.スターン(D.Stern)の『情動調律(affect attunement)』
乳幼児精神医学(乳幼児精神保健)は、“乳幼児の発達プロセス・親(養育者)の影響・養育環境(家庭環境)の要因”などに詳しい各分野の専門家がコラボレートする学際的・総合的な精神医学・メンタルヘルスの分野である。
乳幼児精神医学に関係する専門職・専門家としては、『精神科医・心療内科医・精神分析家・産科医・小児科医・発達心理学者・保健師・保育士・助産師・社会福祉士・精神保健福祉士』などを考えることができる。これらの専門家が相互に作用・協働しながら乳幼児の発達・疾患・治療についての理解を深め合っているのである。
乳幼児期の精神発達理論を構築してきた精神分析学は、D.スターン(D.Stern,D.シュテルンとも表記)の定義した『臨床乳児(clinical infant)』という典型的な乳児概念・乳児イメージを提起する役割を果たしてきた。スイスの精神科医であるD.スターンは、乳幼児の発達プロセスと発達早期の母子関係について意欲的な研究を行った人物である。
D.スターンは『自己概念(自己感)の発達・情動調律のプロセスと役割・間主観的な関係性』などの分野で、乳幼児の発達過程と母子関係の相互作用を明らかにする実績を残している。
精神分析学の防衛機制や無意識的幻想によってその発達プロセスが説明されてきた『臨床乳児』であるが、この臨床乳児の概念や理論は小児医学・乳児保育・発達臨床心理学などの分野に影響を与えることになり、医学・保育・心理学研究の現場では更に経験的で実践的な『被観察乳児(observed infant)』という乳児の実体が記述されることになった。
精神分析の理論的概念である『臨床乳児(clinical infant)』と医学・保育・心理学の経験的実体である『被観察乳児(observed infant)』は、双方向的に影響を与え合っており、『現実の乳児像』を理解する際の精度を高めているのである。