母性抑うつ(maternal depression)・育児不安
初産の場合には、出産後間もない母親は、女性ホルモン増加の体内ホルモン環境の激変や不慣れな育児のストレス・疲労感、夫婦関係(夫の育児への参加度)の問題などによって、『一過性の抑うつ状態』を高い確率で経験しやすくなる。
それまでの生活環境や役割行動が激変する結婚後にも『マリッジ・ブルー(marriage blue)』と呼ばれる一過性の抑うつ状態が生じやすいことが知られているが、産後の抑うつ状態や悲観的な認知に囚われた状態のことを『マタニティー・ブルー(maternity blue)』と呼ぶこともある。
出産後の母親のうつ状態が遷延化して実質的にうつ病に等しいような病態を示したり、育児不安が強くなりすぎて育児・家事が手につかなくなって不適応を起こしやすくなったりするが、こういった産後・産褥期の抑うつ状態のことを『母性抑うつ(maternal depression)』といっている。
出産直後あるいは産褥期の女性が『母性抑うつ』を発症する確率は約4〜5%といわれているが、『一時的な強い抑うつ感・将来の悲観・不安感』などが発生する頻度は経験的にはもう少し高いのではないかとも思われる。
これらの抑うつ感や不安感、将来悲観に特徴づけられる母性抑うつは、『夫・親族の積極的な育児への参加』や『(休日に夫が何時間かの育児を代替するなどして)母親が育児にかかわらずに休める時間帯』があれば、有意に発症確率が下がることが知られている。
母性抑うつやマタニティー・ブルーが発症する原因としては、『母親の精神的・社会的な未熟さや不適応』『ウェブや雑誌など育児情報の氾濫・迷い』『完全主義的で潔癖な育児方針への固執』『少子化(一人っ子の増加)による子供と一緒に過ごした経験の少なさ』『母親と父親のパーソナリティー構造及び関係性』『未熟児・障害児・気質の難しさなど子供側の要因』などを考えることができる。
母性抑うつ・育児不安が起こりやすい要因として注目されるのが『孤独な状態にある母親・孤立した育児環境』であり、仲の良い夫や実家の母(子供の祖母)が一緒に子育てを手伝ってくれるような環境では、『母性抑うつ・育児不安の発症リスク』は有意に減るという統計もある。
母性抑うつや育児不安を軽減するためには、養育者の孤独感を緩和して安心感を強めるような信頼できる人間関係と家族の協力が何よりも大切なのだが、近年は子供が幼いうちに離婚するシングルマザーも増加しており、社会全体や制度設計の上で『母親の孤独・孤立・不安』を防いで育児を支援していくような環境づくりが急がれる。