M.ラター(M.Rutter)らの母性剥奪(maternal deprivation)の変数(構成要素)の研究:1
発達障害(自閉症スペクトラム)の研究で知られるアメリカの精神科医M.ラター(M.Rutter)らは、母性剥奪(maternal deprivation)には複数の異なる心理的メカニズムが影響しており、それぞれのメカニズムに対応する原因が存在すると主張した。
母親に対する愛着(アタッチメント)が形成された乳幼児期の子供が、母親から強制的に引き離されると対象喪失(object loss)にも似た母性剥奪による悪影響が起こってくる。この母性剥奪は一元的な心理体験ではなく、複数の変数(構成要素)から構成された『多元的な心理体験』なのである。
母親との『分離(separation)』そのものの変数(構成要素)には、以下のようなものがある。
分離の原因
分離期間の養育方法やその性質
乳幼児の年齢と成熟の水準
分離の前と後の家族関係の性質の変化
乳幼児の気質と分離以前のエピソード
上記の変数がどのようなものであるかによって、『乳児にとっての母親との分離の意味・影響』は大きく異なってきて、分離に対する反応や症状の個人差も生まれてくる。母親との分離による悪影響や有害性は、それぞれの乳幼児が直面している『状況・関係・認知・情緒の特殊性(個別性)』に由来する部分が大きいのであり、分離があったからその子供に精神疾患が発症するというような『一義的な因果関係』を想定することはできない。
M.ラターは病院・乳児院に入った直後の乳児が発症する『急性反応障害(acute distress syndrome)』の原因についても、母親との分離そのものが原因なのではなく、母親(養育者)に対する『愛着形成の妨害・挫折』が原因になっているとしている。乳児によっては急性反応障害があまり見られないケース(元々母親との愛着があまり形成されていなかった乳児のケース)もあるということである。
施設症候群(ホスピタリズム)では、母親からの分離が『乳幼児の知的発達の遅れ・知的障害』を引き起こす場合には、『早期発達のプロセスにおける感覚的・知的な刺激の圧倒的な不足』が影響を及ぼしていると考えられている。