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2016年02月04日

[ノマド(nomade)とは何か?2:束縛のない自由へのノスタルジックな憧憬]

ノマド(nomade)とは何か?2:束縛のない自由へのノスタルジックな憧憬

ジル・ドゥルーズはノマド的な生活様式や集団特性を『戦争機械』と呼んでいるが、これはノマドの遊牧民が好戦的な民族だといっているのではない。ノマドの遊牧民は略奪経済や定住民との争いのために、『戦争』を『ハレ(祝祭)』と解釈して勇敢かつ遊戯的に戦い抜くことができるのであり、戦争は生活や経済の一部として組み込まれているある種の必然の行為(しかも娯楽性・祝祭性を帯びた行為)であった。

ノマド(nomade)とは何か?1:近代的な国民国家・労働規範における異質性・反対性の観念

農耕牧畜や企業労働をする定住民(近代国家の労働者・文明人)から見れば、ノマドやその生活様式は『異質・野蛮・恐怖』であるだけではなく、経済社会や教育制度の束縛から離脱して自由に自律的・本能的(自然的)に生きているという意味での『憧憬・郷愁・本能のうずき』を呼び覚ますものである。その意味で、自然的(非制度的)で本能的(非装飾的)なノマドは文明人・近代人にとっての“ノスタルジーの表象”としても機能しているのである。

近代初期の制度化・教育化・国民化が進んでいく近代国家にとっての『ノマドロジー(ノマド論)』は、ある種の非現実的・太古的なノマンティシズムやノスタルジーの表象として思考され想像されてきた。だが、ネット社会が進展・普及する2000年代に入ってからのノマドロジーは、グローバリズムや新自由主義(ネオリベラリズム)、ウェブ経済による『個人化』によって、ある側面では現代のリアルなライフスタイルや個人の選択肢の一つになってきているのである。

ノマドロジーとリゾームがポストモダンの現代思想で注目されてきたのは、グローバリズムと生き方の個人化が進展する中で、単一の画一的な場所や制度、価値観、慣習に拘束されない個人やライフスタイルが増大してきていることの現れであり、その分かりやすいワークスタイルの個別化として、決まったオフィスではなくカフェやコワーキングスペースで働く『ノマドワーカー』が登場したりもしている。

現代のリアリティーのある『ノマドロジー』というのは、ライフスタイルの多面化と価値判断の多様化を伴いながら不確定的に流動するダイナミックな人生のあり方である。更に、社会制度や一般常識、企業労働、上下関係などによって自己の生き方の可能性を狭く決めつけすぎない『自由志向』を強めることである。

二度とやり直しができない、他の誰とも代われない『唯一性+一回性を持つ自分の人生』を後悔しないように、『やりたいこと(好きなこと)』を徹底して追求していきたいという過去から現代に至る人類の歴史的な夢が『ノマドの観念・集合記憶』に投影されていると考えることもできるだろう。

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posted by ESDV Words Labo at 23:25 | TrackBack(0) | の:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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