中高年精神医学と『壮年期の人生のピーク』『ユングのいう人生の正午』:1
戦後日本は『医療・栄養・介護の改善』などによって平均寿命が大幅に伸び、『人生50年(人生60年)』から『人生80年』の時代へと大きな変化を遂げてきた。かつては60歳から高齢者(老人)と言われることが多かったが、現在ではまだ元気な人が多い60歳は『現役世代(老人とまでは言えない世代)』と見なされることが多く、高齢期の始まりは65歳くらい(本格的な老人になるのは70〜75歳以上)という認識に変わってきている。
少子高齢化と平均寿命の延長によって、『公的年金制度・公的健康保険制度の財源不足』といった社会保障の持続性に関する問題が深刻化してきていたりもするが、現代社会では『中高年世代(中年期+初老期)』の仕事・経済生活だけではなくて、心身の発達プロセスや発達課題、メンタルヘルスも大きな問題になってきているのである。
人生約80年の人間のライフサイクル(人生周期)を前提として、中高年の精神状態や精神病理、発達過程、社会的役割、自己アイデンティティーなどを研究する発達臨床心理的な精神医学の分野を『中高年精神医学』と呼ぶことがある。
中高年精神医学が対象とする中高年世代とは『約40歳〜約65歳』のことであり、気力・仕事・家庭がピークに達する『壮年期(30〜50代くらい)』を対象とした壮年期精神医学(壮年期)よりも、やや年上の年代のメンタルヘルスや発達プロセスを扱うものである。
分析心理学のC.G.ユングは、中年期を人生における気力・体力・仕事や社会的地位(社会的役割)がピークに達してそれ以上上昇できなくなるという意味で『人生の正午』と呼んだ。40代を超える中年期以降は、徐々に気力・体力・社会的影響力が衰えていく『斜陽の季節』であり、高い生産性や家庭性を発揮する働き盛りの『壮年期』を過ぎると、人はどうしても自らの『衰退・老い・死の近づき』を感じざるを得なくなる。
壮年期は気力と仕事(職業生活)が充実しやすい時期であり、結婚して子供を産み家庭を築てる時期になりやすいので、一般的に『人生の最盛期・充実期(生産性・安定感が高まる人生のピーク)』になりやすく、壮年期を過ぎるとそれ以前の若い頃よりも気力・体力・地位が上昇したり、新たな出会いがあって結婚し子供を産み育てたりする可能性は殆どなくなってくる。
『壮年期を含む中高年期』は、今までの自分が積み重ねてきた『人生の業績・成果・人間関係・意味』が問い直される時期でもある。中高年期になると、青年期に選んだ『自分の生き方・職業・異性・家族・価値観(人生観)』を振り返って、それらの意味や価値、影響を再検証しながら、自分の『自己アイデンティティー(自己同一性)』を安定的に補強したり、生き方を方向転換して再構築したりしていくことになるのである。