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2016年03月15日

[中高年精神医学と『中年期の危機』『上昇停止体験(meta-pause experience)』:2]

中高年精神医学と『中年期の危機』『上昇停止体験(meta-pause experience)』:2

今までの人生や仕事、人間関係のプロセスを振り返りながら、『もっと違う生き方もあったのではないか?もっと自分に適した仕事や働き方があったのではないか?もっと別の相手と付き合っていれば違った人生になっていたのではないか?もっと家族関係を円満にできる方法はなかったのか?』など様々な葛藤や後悔、反省(やり直したい欲求)に襲われることも多いが、こういった過去から現在までの自分の人生の積み上げに迷いや不安を感じることが『中年期の危機(ミドルエイジ・クライシス)』の原因になりやすいのである。

中高年精神医学と『壮年期の人生のピーク』『ユングのいう人生の正午』:1

社会的アイデンティティーが固まりきっていない20〜30代の青年期(成人期前期)とは違って、30〜40代以上の中高年期になると『人生全体の再設計・人間関係のやり直し』が難しくもなってくる。今まで長い時間と大きな労力をかけて作り上げてきた『職業的地位・家族関係・社会的役割・財産』が中高年期になって失われると、深刻な精神的危機や絶望状態に陥りやすくなるのは『ゼロからそれらを取り戻す努力(やり直す取り組み)をする時間』がもうあまり残されていないからである。

20歳の頃の失恋は何度でも別の魅力的な若い相手とのやり直しが効くが、50歳で離婚するとそこからまた新しい相手と出会って恋愛して再婚をする(しかも自分が思い描く魅力的な相手との再婚を目指す)というのはなかなかハードルが高く、そういったやり直しをするための気力体力が十分に残されていない事も多いのである。『中年期の危機』につながってくる発達上のリスクとして、『リストラ・失業・離婚・子どもの自立(孤独な空虚感)・老親の死』などがある。

中高年期の段階の人は、平均的に安定した社会生活・家庭生活を営んでいるので、自分だけが社会生活(仕事・地位)・家族関係で大きな失敗をしてしまうと、周囲の同世代の人たちから自分だけ取り残されてしまったという『喪失感・孤立感・挫折感(劣等感)』が大きくなってしまうのである。『中高年期における失敗や挫折』は大きな心理的苦痛を生み出し、ストレス反応性の精神疾患(うつ病・適応障害)のリスクを高めることになる。

エリク・エリクソンの社会的発達理論である『ライフサイクル論』では、成人期前期の発達課題と発達上の危機は『親密性・孤立(家族的関係の構築を巡る葛藤)』とされ、成人期後期=壮年期の発達課題と危機は『生殖性・自己停滞(次世代の出産と育児・教育)』とされている。

思春期・青年期の発達課題は『親離れ・精神的自立・経済的自立・自己アイデンティティーの確立』に集約されるが、中高年期の発達課題は『親との和解・親の受容・里帰り心理(親子関係の見直しと原点回帰)・自己アイデンティティーの再構築』に集約することができるだろう。中高年期にはそれまで上り坂・上昇基調であった人生の先や限界がどうしても見えてきてしまう、親・伯父伯母など近親者が亡くなることも増えて『老い・死』が以前よりも身近に感じられるようになり、自分の健康状態や体力気力にも以前ほどの自信が持てなくなってくる。

『中高年期』という発達段階では、それ以前の年を取れば取るほど仕事上の地位・収入が上がるとか、社会的な影響力が増したり子供が大きくなって家庭生活が充実していくとかいった『右肩上がりの成長の前提・上昇志向の人生設計』が通用しなくなってくるのである。中高年期は『人生の正午』であり『人生の上昇(増加)が停止する季節』でもあり、この世に生まれてから思春期・青年期を経過して人生で獲得するものがますます増えていくという『成長の思い込みの前提』が簡単には通じなくなり、健康状態も仕事状況も社会的影響力も中高年期以降には少しずつ減って落ちていくことのほうが多くなってしまう。

獲得するものがどんどん増えるという成長志向、今日よりも明日はもっと多くのものを得られるという上昇志向が停止する中高年期の体験を『上昇停止体験(meta-pause experience)』という。上昇停止体験というのは簡単に言えば『これから得ていくもの』よりも『これから失っていくもの』のほうが多いと認識することによって生まれる独特な物寂しい心的体験であり、『今できていることがいずれできなくなっていく(今持っているモノをいずれ失っていく)という不安・焦り・恐怖』を伴うことが多いのである。

この上昇停止体験によって引き起こされる様々な心理的・社会的・身体的な症状を『上昇停止症候群(meta-pause syndrome)』と呼ぶが、子供が自立してしまった中年期の女性に起こりやすい空虚感・無意味感・孤独感を特徴とする『空の巣症候群』と並んで、中年期の危機や自己アイデンティティーの再構築と深く関係している。

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posted by ESDV Words Labo at 16:14 | TrackBack(0) | ち:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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