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2016年05月12日

[ポール・ウィリス(Paul E. Willis)『ハマータウンの野郎ども』2:労働者階級・反学校教育の文化的な類似点]

ポール・ウィリス(Paul E. Willis)『ハマータウンの野郎ども』2:労働者階級・反学校教育の文化的な類似点

“野郎ども”と呼ばれるハマータウンの不良たちは、偉そうに学業・生活を指導して説教してくる『教師』に強い反感・敵意を持っており、『学校教育』が象徴する序列(順番)のある社会構造や権威主義に必死に抵抗しようとしている。だが、その『反学校文化・反権威主義のカウンターカルチャー』が、逆説的におちこぼれを(勉強とは関係のない)男性的な肉体労働の世界に自発的に入らせていくことになる。

ポール・ウィリス(Paul E. Willis)『ハマータウンの野郎ども』1:イギリスの階級社会のフィールドワーク

ハマータウンの不良たちは、サラリーマンの中流階層を目指す『パブリックな学校教育・学力競争』ではなく、プライベートな領域である『学校外の家庭・街・おちこぼれの先輩や仲間』から強い影響を受けて、反学校文化的な価値観や生き方を内面化していく。

反学校文化の特徴は、『学業成績(成績証明書)による序列の価値』や『中流階層のサラリーマンを目指す学業・学歴取得の努力の価値』を認めないということである。俺たちは勉強だけしている“今”を楽しんでいないガリ勉ではなく、実際の世の中の仕事・遊び・関係に慣れて通じているのだという『早熟な自負心』が野郎どもを支えている。その自負心はコツコツ勉強して良い高校・大学などに行くよりも、できるだけ早く『男らしい仕事』で働いて収入を得るほうがマシで充実しているという、『労働者階級のライフスタイルや信念体系』へと自然に接続していく。

勉強を軽視する『反学校文化』は、身体を動かして仲間と群れる『労働者階級の文化』と非常に相性が良いのである。反学校文化と労働者階級の文化の類似点として以下のようなものを指摘することができる。

1.権威や中流階層の価値(学歴による上昇志向)への反抗

2.知識や教養の軽視

3.勉強や学業の努力の放棄

4.仲間との大笑い・悪ふざけ

5.暴力(実力行使)に親和的

6.男尊女卑・男らしさの称揚

7.人種差別・移民排斥

8.抽象的な理論よりも具体的な行動を好む

野郎どもは、中学生時代からインフォーマルな反社会性のある仲間集団を形成して、その中で早熟な遊びや娯楽、異性交遊、価値観に触れる。そうした背伸びした経験を通して、学校で勉強ばかりしている奴らよりも、自分たちのほうが現実の社会に接していて通じている(奴らよりも上手く人生を生きている)という優越感にも似た自負心を持つようになる。

野郎どもの自己認識は、勉強を本業とする学校の生徒であるというよりも、(同じように学校教育をドロップアウトして肉体労働をしている先輩を尊敬して従うというような面も含めて)早熟な労働階級の自覚的なメンバーに近いものなのである。

反学校文化に影響されて適応した野郎ども(不良)は、“今”を犠牲にして勉強する意味を認めず、自分の努力によって優れた成績を取って良い職業に就くというような『中流階層的な上昇志向』を真っ向から否定する。あるいは、そういった勉強による社会階層の上昇可能性を『無根拠な教育神話(自分とは無縁で無意味な話)』だとして信じようとしない。

野郎どもは学業成績による能力主義の競争(学歴主義の競争)を拒否するが、実際には学歴と成績証明書によって近代社会の支配階層の位置づけや特権の正統性が担保されやすい構造ができあがっている。その結果、学校文化への適応を放棄した野郎どもは、最終的には社会経済階層における下層に追いやられて過酷な労働と慢性的な貧困に陥りやすくなるリスクを常に抱えてはいる。

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posted by ESDV Words Labo at 06:57 | TrackBack(0) | う:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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