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2016年05月22日

[ヴァルター・ベンヤミンの暴力批判論1:法措定的暴力と法維持的暴力]

ヴァルター・ベンヤミンの暴力批判論1:法措定的暴力と法維持的暴力

ドイツの文芸批評家・哲学者のヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin,1892-1940)は、近代の複製技術によってオリジナル(原型)の作品のアウラが失われていくという芸術論の『複製技術時代の芸術(1936〜1939年)』や断片的な随想集である『パサージュ論(1935年,1939年)』で知られている。

ヴァルター・ベンヤミンは前期には近代国家の権力に内在する暴力性を批判した『暴力批判論(1921年)』を書いているが、これは制限のない国家権力は『軍隊・警察などの暴力装置』の恣意的な運用によって、市民生活の自由・安全を逆に脅かしてしまうリスクがあることを指摘した当時としては画期的な著作であった。啓蒙主義の近代の時代に入ってもなお、日常生活のさまざまな分野に暴力現象が溢れかえっていることをベンヤミンは批判し、近代的な法体系を暴力と暴力批判の視座(無政府主義・立憲主義のどちらにもつながる視座)から理念的に捉え直しているのである。

ナチスドイツの暴力的支配が拡大する以前の1921年の段階で、国家権力の暴力性が秘めた危険について語ったベンヤミンであったが、その後、1933年にナチスドイツが政権を掌握してワイマール憲法を停止するとパリに亡命した。しかし、フランスのパリも1940年にナチスに陥落させられる。最後はスペイン国境のピレネー山中で追い詰められてモルヒネで服毒自殺した(1940年9月26日)とされる。ベンヤミンは『暴力批判論』で一切の法的暴力や国家暴力を廃絶する理想を掲げていたが、自らの人生の最後において独裁的・人種差別的な国家暴力に殺されてしまうことになった。

ヴァルター・ベンヤミンの『暴力批判論』は、理想主義的なアナキズム(無政府主義)や自然主義的な非人為性の立場に立ったものであり、古代ギリシア神話のヘラクレイトス的な『子供』の視点から近代の暴力を見たり、純粋無垢な自然概念である『ピュシス』によって暴力に対抗しようとしたりしている。ベンヤミンの秩序と権力を『暴力』として定義する世界観は、現代の社会保障を重視する福祉国家(成熟した近代国家)ではアナクロ(時代錯誤)なところはあるが、国家権力は社会秩序を形成して維持するために潜在的にいつでも暴力を発動することができる。

ベンヤミンは法秩序(法権力)の形成と維持に根源的に内在する暴力性を指摘しており、近代人が経験する暴力を二つのカテゴリーに分類している。ベンヤミンにとって法律体系の作成とその執行が実現する法秩序は『強制的・抑圧的な法暴力』でもあったが、選挙と議会を通して法律に民意が反映される建前を取る自由民主主義国家では『法秩序=法暴力』の定義はやや乱暴というか正しくない定義ではあるだろう。

法措定的暴力……社会秩序を罰則(実力行使)の潜在的な暴力によって形成する政治権力や国家権力のことである。

法維持的暴力……既存の秩序・権力を解体(崩壊)から守るために抑圧的に働く国家装置群(行政機構群)の権力のことである。国家のメンバーをイデオロギーで適応的に馴致教育したり、利害を通して既存秩序に取り込んでいく。

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posted by ESDV Words Labo at 09:49 | TrackBack(0) | へ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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