儀礼とイデオロギー:自発的な権威・権力・伝統の尊重と服従
ドイツ語を語源とするイデオロギー(ideology)とは、非物質的な思想・観念の体系であり、社会集団において人々の価値観・行動・生活様式を根底的に規定しているものである。思想・観念・信条の体系としてのイデオロギーは、人々のマクロな世界観にまつわる思想としての『コスモロジー論(宇宙論)・象徴論』を生み出す母胎でもあるが、社会共同体におけるイデオロギーは儀礼的実践過程を通して段階的に形成される。
クロード・レヴィ=ストロースの文化人類学と主観主義(学者の解釈図式)の克服:2
社会構造の変動や歴史的な価値の変革に合わせるようにして、イデオロギーは儀礼と共に機能・役割を変化させていくという意味では相対的なものである。イデオロギーの動因にもなる儀礼研究は『時代・文化・価値と共に変化する』という意味において、相対的であると同時に動態的(ダイナミック)なものでもある。
構造主義・機能主義という概念に示される人類学は、歴史的な時間に左右されないという点において『静態的(スタティック)』な特徴を持っていて、歴史を軽視したり解消したりする作用も持つ。それに対して、『儀礼研究』は社会共同体の歴史を重視するという点において『動態的(ダイナミック)』であり、静態的な人類学を批判するようなポジションに立っているのである。
儀礼の領域は『日常的世界(生活世界)』に対する『超越的世界(象徴世界)』の領域であり、超越的世界には思想・象徴・宗教・世界観(コスモロジー)などが深く関係している。社会共同体で承認されている儀礼は、公的な権威・権力の正統性を担保して維持するという役割も果たしている。それは、『暴力による強制を伴わない権威的価値の内面化(儀礼に参加することによってその背景にある権威を承認することになる)』の作用でもある。
儀礼は『伝統・権威・権力に対する自発的な適応と服従』を促進するが、王制・独裁制などでは特に儀礼と権力は深く結びついている。強制的・物理的な暴力が影を潜めた現代の資本主義社会においても、貨幣で商品を購入して消費するという消費文明の慣習が、モノに特別な価値があるとする『フェティシズム(物神崇拝・呪物崇拝)』の日常的な儀礼を再生産し続けているのである。
儀礼とイデオロギーが結びつくことによって、その社会共同体に特有の統治体制(権力・権威のシステム)や人々の生活様式・意識の志向性が規定されることになる。そして、イデオロギー研究においては『イデオロギー的な知識の現実状況に対する有効性・妥当性』と『幻想的な知識であるイデオロギーが人々を権力・権威に服従させる仕組み』が重要なテーマになってくるだろう。