老年期精神医学と老年期における統合・英知の可能性3:心身医学的な治療アプローチと敬老精神
エリク・エリクソンのライフサイクル論の発達段階の捉え方では、老年期の統合の発達課題は『過去の乳児期から壮年期に至るまでの発達課題・他者や社会との関わり合い』を上手く順番に達成して適切に克服できたかどうかに大きく左右されると考えられている。
しかし、過去の発達段階における発達課題で躓いて挫折・失敗・喪失の苦悩を味わわせられていたとしても、老年期になってからの『自分の人生・関係・思想・関係性における認知と行動のポジティブな転換』によって、『今・ここ』から自分の人生をできるだけ受け止めて肯定することは可能なはずであり、それが柔軟性と成熟性を持つ人間の精神の希望につながっているのではないかと思う。
老年期精神医学とエリクソンのライフサイクル理論における統合と絶望:2
老年期精神医学を前提として老年期の心身の疾患の特徴を考えると『免疫力・対応力の低下』によって、ストレス耐性も低下しやすくなり心身のバランスを崩してさまざまな病気(精神疾患も含む)を発症しやすくなってしまう。老化の意味づけは肯定的に転換させることが可能であるが、生物学的・生理的な健康の側面ではどうしても『脆弱性・病気のかかりやすさ』を高めやすくなってしまうのである。
老化の度合いや現れ方は個人差が大きいため、老年期の精神疾患・身体疾患の特徴として『個別性・非定型性(人それぞれの症状の出現をして老化の度合いもばらつきが大きい)』を上げることができ、老年期だからといって一律的・同時的に全ての人の身体・精神の機能が大きく下がっていくというわけではないのである。
老年期の心身疾患の『個別性・非定型性(人それぞれ)』には、高齢者を取り巻く家族関係(人間関係)や生活環境、医療資源の影響も軽視することはできない。すなわち、老化を前提とする老年期の疾患は『器質的障害と機能的障害の混合』を示しながらも、『心理社会的な要因(精神的ストレス・対人関係からの孤立などの要因)』にも大きく左右されるということなのである。
老年期には認知症を発症しないとしても、脳の器質的変化による機能低下は免れにくいので、一般的に『自分の心身の状態に対する言語的な説明能力』はかなり低下しやすく、医師・看護師などの医療関係者に『自分にどんな症状や異常が出ているのか・自分がどんな苦しみや悩み、痛みを抱えているのか』を上手く説明できずに、症状・苦痛があってもそのまま放置されやすいという問題もある。発症しやすい精神疾患には、アルツハイマー病の認知症だけではなく、『うつ病・心気症・強迫性障害・不安性障害』などがある。
老年期の心身疾患は『器質的障害と機能的障害の区別の難しさ』や『心理社会的・対人関係的(生活環境的)な要因の影響』などもあって、複雑な病態を見せるが、老年期精神医学の基本的な治療方針は『心身医学的・リエゾン精神医学的なアプローチ』である。
先進国では高齢者の存在が珍しくない超高齢化の進展や若者のほうが詳しいコンピューター・科学技術の急速な進歩もあって、かつてのような『老人の英知と経験に基づく尊敬ベースの敬老精神』が失われてきている。だが、老年期の疾患の治療アプローチにおいては『高齢者の人格・経験・能力・思い出に対する共感的な尊重』がなければどのような治療をしても十分な効果を出すことは難しいだろう。