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2016年07月15日

[高齢者の愛・欲望への執着とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:2]

高齢者の愛・欲望への執着とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:2

S.フロイトは老年期の発達課題として『老いと死の受容』『愛と生と欲望の断念』を掲げ、その二つの発達課題の挫折(老年期にあってなお女性からの愛情に執着して絶望するしかない者)としてリア王の物語を取り上げている。

老年期心理学とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:1

コーデリアの死を受け容れられないことは、自分自身の死を受け容れられないことでもある。信じていた愛想の良い二人の娘に裏切られたリア王は狂気に冒されたが、その時にも『コーデリアと二人だけで籠の中の小鳥になって祈り歌いたい・牢屋の中でもいいから二人で長生きしたい』という老醜と執念に塗れた夢想をしていたのである。

リア王の前に獄中の死体となって現れたコーデリアは『不可避の死・運命としての死』であり、『愛を断念して死を受け容れよ(人はすべて必ず老いて死ぬ)』という人類共通の運命を伝えるメッセージとしての役割を果たしている。老いてなお生の欲望や異性の愛に執着してすがりついていけば、必然的に『老醜・未練がましい姿』を晒すしかないということになる。

いつまでも若々しくいたいとアンチエイジングが理想化される現代ではあるが、医療や美容の技術が進歩してもなお人間は『老化・死の運命』からは逃れられておらず、生と愛の欲望に延々としがみつけばつくほどに絶望や虚しさに耐え切れなくなるのである。

家族精神医学を研究していた精神分析家・精神科医のT.リズ(T.Lidz)は、『老年期と青年期の構造的な類似性』について指摘している。老年期も青年期もそれ以前の発達段階(成人期・児童期)にあった『心身の安定性』が失われやすい時期であり、自己と環境の変化に合わせた『自己アイデンティティー(自己認識・目的意識を前提とする自己像)の変革』を否応無しに強いられるということである。

老年期は青年期と同様に今までの自分の身体・精神の機能が大きく変わる時期であるが、青年期の場合には『向上・成熟のベクトルの変化(できなかったことができるようになる方向性の変化)』であったものが、老年期には『下降・衰退のベクトルの変化(できていたことができなくなる方向性の変化)』になってくる。

老年期は青年期とは反対の『できないことが増える・今までよりも心身機能が落ちる』という意味で、『生物学的・社会学的な動揺や不安』を覚えやすい時期である。この人生の最終ステージの厳しい発達課題を乗り越えるために必要なのが、高齢者自身が『老い・老いた自分』をどのように解釈して意味づけていくかという『老成した(愛・欲望に執着しすぎない)自己洞察』であり、その自己洞察に基づいた『今までの人生の出来事や記憶の整理・受容を経由した人生の統合』なのである。

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posted by ESDV Words Labo at 04:46 | TrackBack(0) | ろ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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