高齢者の自己の年齢認識(老い否認)とレオポルド・ベラックのSAT(Senior Apperception Technique)
アメリカの心理学者・精神医学者のレオポルド・ベラック(L.Bellak)は、近づきすぎると相手を傷つけ遠くなりすぎると寂しいと感じる『ヤマアラシのジレンマ』を提唱した人物として知られている。
L.ベラックとその妻は投影法の心理テストである『TAT(主題統覚検査:Thematic Apperception Test)』を改変した老年認知テストの『SAT(Senior Apperception Technique)』を1973年に作成している。このベラック夫妻が作ったSATは、被検者が自分の老いをどのように認知してどのような態度・行動を取っているのかを調査するものである。
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人間は一般的に自分の老いに対しては『抵抗・否認』の自我防衛機制の反応を返しやすいものであるが、自分が老いを認めたくない高齢者であっても、『自分以外の高齢者(老人)』に対しては『客観的な年齢・老いの認知』ができたりもする。他人をあのおじいさん(おばあさん)だとかあの年寄りだとか平気で言っている高齢者が、いざ自分自身のことを『おじいさん・おばあさん・年寄り』だと言われるとどうしても抵抗感や反発心が起こりやすいところはあるのである。
自己の年齢認識(老いの認識)や年齢否認の心理メカニズムは、初老期・老年期に共通して見られる特徴であるが、『客観的な自己像』を否認したり歪めたりしやすいという意味では、精神病患者の疾病否認とも類似した要素がある。
かなり古い調査であるが、1954年にタックマンとロージュが実施した『高齢者の意識調査(1032人を対象にした自分の老いの認識に関する調査)』では、60歳で自分の老いを感じている人は少数であり、80歳以上になると約53%が老いを感じているものの、36%はまだ中年期の自意識であり、11%はまだ自分に若い部分が残っていると感じていたのである。
時代も国家も違うとはいえ、アンチエイジングという概念や若作りの技術も乏しかった1950年代に既に『自己の老年否認の高齢者』がこれだけいたという事実は重いものであり、『老人扱いを嫌う心理・実年齢よりも若々しい内面・自分にまだ若い部分が残っているという自己認知』というのはおよそ老年期において一般的な心理と見ることもできるのだろう。
サルトルの契約結婚の妻としても知られるフランスの女性作家・思想家のシモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908-1986)も、老年期の内面心理と世間一般のステレオタイプな高齢者像とのギャップに気づいていた知識人の一人である。ボーヴォワールは老年者心理を『子供返り・幼児化・衰退・痴呆化』などと見なす世間の偏見・誤解を、『独自の伝記・歴史資料の調査』によって論理的に反駁していった。