精神分析的面接で『自己(self)』をどう評価するか?:自己愛・自己アイデンティティー
ジークムント・フロイトの精神分析でいう『自己(self)』は、意識的あるいは無意識的な自分自身とほぼ同義である。フロイトの同志で途中で訣別したカール・グスタフ・ユングは、普遍的無意識(集合無意識)の内容である元型(archetype)の一つとして『自己(self)』を定義している。
ユングの分析心理学でいう『自己(self)』には『意識と無意識を合わせた全領域の中心』といった意味がある。更に精神療法としての分析心理学(ユング心理学)では、意識と無意識のバランスが取れた自己に近づく『個性化(自己実現)のプロセス』が、精神病理の状態からの回復につながると考えられている。
精神分析で評価される外的な対人関係と内的な対象関係2:過去の対象関係・トラウマの影響の意識化
精神分析的面接でクライエントの『自己』を評価していく場合には、はじめに『自己愛』と『自己アイデンティティー』に着目することが多い。自己愛の発達ラインには『誇大自己(野心に向かうベクトル)』と『理想的な親イマーゴ(理想に向かうベクトル)』の軸があるが、主に自分の野心を実現しようとする誇大自己と実際の自分との違いが評価の対象になってくる。
どのような内容や大きさの誇大自己を持っているかを観察して、『誇大自己の大きさ』と『現実の自分の能力・魅力』を比べて、現実生活や人間関係の中でその野心に向かう誇大自己をどのくらい満たせているかを評価していく。
野心に向かう誇大自己のイメージを現実的にある程度満たすことができれば『主観的な満足度・幸福度』は高くなるが、現実的に満たす能力や魅力に欠けていれば『フラストレーション(欲求不満)・自己不全感』に苦しむことになる。
自己愛が肥大したり現実で満たせない誇大自己が強まりすぎると、家族・友人・恋人などから受ける批判・軽視・否定に対して非常に脆弱となり、大きく傷ついて抑うつ的になったり激しく怒ったりしやすくなる。この自己愛の肥大をベースにした激怒発作のような激しい怒りを『自己愛的憤怒』と呼んでいる。家族・親友・恋人など自分と同等以上に大切な他者のことを『自己対象(self-object)』というが、自己対象からの承認・賞賛・愛情を得るためにどのような努力をどのくらいしているかも評価される。
自分に共感してくれたり肯定してくれたり評価してくれる、親しい他者としての自己対象(self-object)を持っているかいないかで、その人の精神状態の安定度は格段に変わってくる。
自分をポジティブに評価してくれて支えてくれる自己対象がいるかいないか、自己対象との関係性をどのようなものとして受け止め維持・調整しているかということは、『自己対象の成熟度』と相関しているのである。精神分析的面接では、クライエントが精神分析家に対してどのような『自己対象関係』を求めているか、どのような『転移感情』を表現しているかによって、クライエントとの関わり方を調整しなければならない。
『自己アイデンティティー』の評価においては『自己感(sense of self)の同一性・継続性』が問題になるが、これは自分が社会的・関係的・実存的に何者であるかを自覚して人生に前向きにコミットする『自己アイデンティティーの確立』とほぼ同義である。自分が何者であるか分からなくなり精神状態が混乱すると『自己アイデンティティーの拡散』に陥り、複数の自己が分裂(スプリット)してなかなか統合できず精神的な迷い・苦しみを感じやすくなってしまう。
あるいは、自己アイデンティティーの拡散によって自分の身体と精神の統合性が脅かされたり、外界・他者のリアリティーが失われる『解離性障害(離人症性障害)』が発症したり、自分と他者との間の境界線が曖昧になってしまう恐れが高まることになる。