行動障害(behavior disorders)と行為障害(conduct disorder)
『行動レベルの総合的(包括的)な不適応状態』を意味する行動障害(behavior disorders)には、精神医学的な反社会性人格障害へと発展する恐れのある『行為障害(conduct disorder)』の概念も含まれるが、ここでは行動障害に分類される不適応行動全般の概観について説明していく。行動障害(behavior disorders)とは、社会生活や人間関係、心身の健康に問題を引き起こす持続的な逸脱行動(不適応行動)のことであり、行動障害によって『主観的な不利益(苦痛)』を受けたり『客観的な迷惑(他人の不利益)』が発生したりすることになる。
行動障害の定義・基準は、『統計学的な正常水準からの逸脱・社会規範や道徳観念からの逸脱・主観的な苦悩や問題』などによって定められるが、心理学的な行動障害では『統計学的な標準からの偏り・問題対処能力(ストレス耐性)の著しい低下・主観的な苦痛と悩み』などが問題になってくる。他者に危害や迷惑を加える恐れのある社会的(法的)な行動障害では『社会規範や常識観念からの逸脱・遵法精神の著しい低下・精神医学的な人格障害や行為障害の診断』などが重視され、精神医学的な行為障害(conduct disorder)や発達障害の一部とほぼ同義の概念になっている。身体が不随意的に痙攣(けいれん)するてんかんや他者と通常の言語的コミュニケーションができない自閉症(自閉性障害)などの内因性精神障害もかつては行動障害に含まれていたが、最近は脳の器質的原因が想定される精神障害や発達障害は行動障害に含めないことが多い。
乳幼児の嗜癖問題やストレス性障害として分類される『爪かみ・チック・指しゃぶり・夜驚・夜尿症・吃音(どもり)』なども行動障害の一種である。児童期の子どもに学校環境や友人関係への不適応として出現する『不登校(登校拒否)・いじめ・ひきこもり・家庭内暴力・家出・窃盗など軽犯罪・非行行為・薬物依存』なども行動障害として理解することができ、成人の犯罪行為の大部分も行動障害に分類することが可能である。
行動障害の治療・矯正では、『行動障害の種別・重症度・原因・対処法』を正確に判断するための心理アセスメント(心理測定尺度)が重要になってくるが、行動障害の心理療法では『不適応的な行動』をどのようにして『適応的な行動』に変容させていけるのかがポイントになる。現時点で、行動障害に有効性が高いと考えられている技法は、認知療法と行動療法、解決志向カウンセリングなどであり、『自分の行動の問題点や悪質性の自覚』を促進して『適応的な行動と他者への共感性を獲得する具体的プロセス』についてクライアント自身に現実的な考えを深めさせていく。
社会規範(法律)や道徳観念を無視して他者の基本的人権を侵害する18歳未満の少年の行動レベルの問題を『行為障害(conduct disorder)』と定義しているが、行為障害の少年の生活行動上の特徴と診断基準は以下のようになっている。反社会的・非道徳的な行為障害を持つ少年は、児童虐待や親の愛情不足など家庭環境(養育環境)の問題を抱えているケースも多いが、遺伝的(生物学的)な素因や脳神経学的な神経伝達過程の障害、微細脳障害(脳器官の小さな損傷)を指摘する専門家も存在する。
一般的な行為障害では、他人の身体を傷つけたり財産を奪ったりする反道徳的(違法)な行為をしても罪悪感や後悔を感じることが少なく、『他者の苦痛や恐怖』に対する共感性の欠如や感受性の鈍磨が見られる。常習性のある触法少年の中には行為障害の少年が一定の割合で含まれているが、『自分だけが利益・快楽を得られれば他人はどうなっても良い』という自己愛の過剰や他者に対する共感性の欠如、道徳的な社会規範の学習不足などをどのように改善矯正していくかがカウンセリング(心理教育)の課題となる。
DSM-Wによる行為障害の診断基準
A.他者の基本的人権または年齢相応の主要な社会的規範または規則を侵害す ることが反復し、持続する行動様式で、以下の基準の3つ(またはそれ以上)が 過去12カ月の間に存在し、基準の少なくとも1つは過去6カ月の間に存在した ことによって明らかとなる。
■人や動物に対する攻撃性
1.しばしば他人をいじめ、脅迫し、威嚇する。
2.しばしば取っ組み合いの喧嘩をはじめる。
3.他人に重大な身体的危害を与えるような武器を使用したことがある。( 例えば、バ ッド、煉瓦、割れたビン、ナイフ、銃)
4.人に対して身体的に残酷であったことがある。
5.動物に対して身体的に残酷であったことがある。
6.被害者に面と向かって行う盗みをしたことがあ。(例えば、背後から襲 う強盗、ひ ったくり、強奪、武器を使っての強盗)
7.性行為を強いたことがある。
■所有物の破壊
8.重大な損害を与えるために故意に放火したことがある。
9.故意に他人の所有物を破壊したことがある。(放火による以外で)
■嘘をつくことや窃盗
10.他人の住居、建造物または車に進入したことがある。
11.物や好意を得たり、または義務をのがれるために、しばしば嘘をつく 。(即ち、 他人をだます)
12.被害者と面と向かうことなく、多少価値のある物品を盗んだことがあ る。(例: 万引き、ただし破壊や侵入のないもの、偽造)
■重大な規則違反
13.13歳未満ではじまり、親の禁止にもかかわらず、しばしば夜遅く外 出する。
14.親または親代わりの人の家に住み、一晩中、家を空けたことが少なく とも2回あ った。(または、長期にわたって家に帰らないことが1回)
15.13歳未満からはじまり、しばしば学校を怠ける。
B.この行動の障害が社会的、学業的、または職業的機能に臨床的に著しい障 害を引き起 こしている。
C.患者が18歳以上の場合、反社会的人格障害の基準をみたさない。