行動療法(behavior therapy)による行動変容(behavior modification)
J.B.ワトソンがコロンビア大学で行った行動主義宣言(1912年)は、『主観的な内観(言語報告)による意識』を心理学から排除して『客観的な観察が可能な行動』を心理学の研究対象にするという宣言であった。J.B.ワトソンは、『客観的な行動の観察・記述・帰納』によって人間全般に共通する『行動の一般法則』を定立しようとしたが、ワトソン以外にもハルやスキナーなど行動主義心理学(行動科学)の立場にたつ心理学者がさまざまな行動理論を提出した。人間の行動メカニズムを論理整合的に一般法則化しようとする行動理論は、人間の不適応行動を計画的に変容させようとする『行動療法(behavior therapy)』の基盤になっている。
J.B.ワトソンは、I.P.パヴロフの条件反射の理論を参照して、人間の行動を刺激(Stimulus)に対する反応(Response)として定義する『S-R理論』を提起したが、S-R理論に基づいて報酬と罰による行動の強化(オペラント条件付け)を行おうと考えたのがC.L.ハルやB.F.スキナーである。S‐R理論と強化理論では、『クライアントの行動を賞賛する報酬の刺激(正の強化子)』と『クライアントの行動を否定する罰則の刺激(負の強化子)』によって人間の行動をコントロールできると考えるが、このオペラント条件づけの原理は行動療法の技法にも多く応用されている。
S-R理論と強化理論に反対する行動科学的立場として『認知理論(認知媒介仮説)』があり、認知理論では周囲の環境や他者の反応をどのように認知(解釈)するかによって行動の生起や気分の状態が変わってくると考えている。認知理論(認知媒介仮説)の主張者には、E.C.トールマンやクルト・レヴィン、N.E.ミラーとJ.ダラードなどがいたが、最近では、認知媒介仮説は行動療法ではなく認知療法(認知行動療法)の基礎理論となっている。行動理論(学習理論)に基づいた行動療法は、司法矯正や学校教育の領域で『行動障害と行為障害の治療』に用いられることもある。
H.J.アイゼンクや系統的脱感作法のウォルピなどによって行われた行動療法は、『観察可能な不適応行動の客観的な改善』を目指すという意味で最も科学的な心理療法と考えられている。行動療法では、クライアントの主観的バイアスのかかった言語報告や内面の洞察よりも、行動療法家が客観的に測定可能な『問題行動(不適応行動)』が重視される。行動療法を支える基礎理論には上記した行動理論や学習理論があるが、学習理論によって精神障害や逸脱行動の原因を考えると『適応的な行動の学習の失敗・非適応的な行動の間違った学習』が原因となる。
その為、『系統的脱感作法・オペラント技法・レスポンデント技法・暴露療法(エクスポージャー)・フラッディング法・ロールプレイング』など各種の技法を駆使する行動療法の最終的な目標は、『適応的な行動の学習』か『不適応な行動の解除』になり客観的に行動変容の程度を測定するために『行動分析(行動アセスメント)』が行われることになる。標準化された有効な行動アセスメント(行動分析)によって、多種多様な行動療法の技法の中から適切な技法を選択できるのである。行動療法は行動レベルの適応的・効果的変容のための技術体系であるが、『行動変容(behavior modification)』はあらゆるカウンセリングと心理療法の主要な目的といえる。
全般性不安障害の人の不安がなくなりパニック障害の人のパニック発作が出なくなるのも行動変容(不適応的な行動の消去)であり、高所恐怖症の人が高い場所で活動できるようになることやうつ病の人が喜びや興味を感じられるようになることも行動変容(適応的な行動の学習)である。最近では、認知行動療法の治療プログラム(カウンセリング計画)を通した行動変容が多く実践されており、児童心理臨床では夜尿症や情緒障害、神経性習癖の治療に行動変容のための技法が適用されている。行動変容を目的とする行動療法は、喫煙者の禁煙指導や肥満者の食事療法、コミュニケーションスキル向上のためのアサーティブトレーニングなどにも応用可能である。