ウィーナーのサイバネティクス(cybernetics)とサイバネーション(cybernation)
アメリカの数学者ノーバート・ウィーナー(N.Wiener, 1894-1964)が提案した円環型のシステム論がサイバネティクス(cybernetics)であり、通信理論・生命工学(生理学)・機械工学などの分野に大きな示唆を与えた。従来、システム論では『持続性(フィードバック)のある自己制御機構』としての円環型システムは余り意識されておらず、『原因‐結果の因果関係』に着目する直線型システムがメインであった。N.ウィーナーはサイバネティクスを提唱することによって、結果が原因に作用(フィードバック)することによって自己システムを維持する円環型システムの実用性を指摘したのである。人間の身体の体温調節機能や食欲調整機構も、感覚器官・脳を介在するフィードバック回路を持つサイバネティクスであり、外部情報と内部システムの間にフィードバック回路を作っている機械制御の家電製品などもサイバネティクスである。
そのため、サイバネティクスは『自己制御学』とも言われ、人間の生命システムや機械の作動システムが止まらずに機能し続ける機構(仕組み)を説明する際に用いられることになった。機械工学・通信工学・生命工学などが共有する『持続可能なシステム構築』という課題を、円環的・循環的なフィードバックによって実現しようとしたのがサイバネティクスであり、従来の直線型システム論では説明できない生命や機械の持続的な仕組みの解明に貢献した。N.ウィーナーのサイバネティクスは人間社会全体の自己制御的なシステムを包含するものであり、以下の3つの機構の機能的統合によって成り立つと定義されている。
1.調整部……機械・生命そのものが持つ調整のシステム。
2.操縦部……機械や道具を操縦する人間の人為的な誤差修正のシステム。
3.統治部……機械・道具を操縦する人間そのものを統制するような集団的・政治的なシステム。
心理療法の分野にサイバネティクスを応用すると、単純な因果律に基づく『原因を除去する治療の有効性』に疑問が呈されることになり、家族療法の家族システム論のように『原因と結果の相互作用の改善』に注意が向かうようになる。N.ウィーナーのサイバネティクスを応用した心理療法のフレームワークに、石川中(いしかわ・あたる)が考案したサイバネーション(cybernation)の考え方がある。石川中は、権威主義的で一方的な『治療者‐患者関係・カウンセラー‐クライエント関係の変革』を企図して、包括的・全人的な治療体系のフレームワーク(枠組み)であるサイバネーションを提唱した。
クライエント(患者)の主体的な世界観・価値観や論理体系を重視しながら、身体‐精神のサイバネティクス的なフィードバック回路を考慮し、クライエントの自発的な回復能力(自律的な精神調整能力)を信頼した心理療法を提供することが、全人的なサイバネーションの心理療法(カウンセリング)へとつながっていく。サイバネーションは、クライエントの内面心理をカウンセラーが決め付けない『ブラックボックス』の前提を大切にして、言語的コミュニケーションの相互作用による『フィードバック』を作用機序として考えている。システム論的には開放系・閉鎖系を意識したコミュニケーションを行ったりもするが、サイバネーションという概念は特定の技法や対処法を指示しているわけではなく、フィードバック回路を意識した人間的な深い関わり合いを意味している。