産業カウンセリング(industrial counseling)と産業心理学(industrial psychology)
18世紀のイギリスで始まった産業革命によって、労働集約性と工業の生産性が飛躍的に高まり、資本主義的な経済システムを持つ近代社会が成立した。生産手段の機械化と生産設備の大規模化を進める産業革命は、農業社会から工業社会への産業構造の転換を引き起こし、一般国民の大部分は農民(小作農・自作農)から労働者へとその属性を変えた。産業革命が国民生活にもたらした最大の変化は、国民を『田畑を耕す農民』から『企業・工場・官庁で働く労働者(サラリーマン)』へと変えたことであり、社会構成員の大部分は毎月企業(官庁)から給与を貰う賃労働者になったのである。
経済構造の側面では、『自給自足型の農業経済』から『大量生産‐大量消費の工業経済』への転換が起こった。そして、21世紀の先進国では産業革命に続く情報革命によって、環境破壊問題(公害問題)を抱える工業社会(大量消費文明)からの脱却が模索されている。エコロジーと労働環境(精神衛生)、商品の安全性・信頼性に配慮した『情報化社会(知識労働社会・持続可能な経済社会)』へと産業構造が変化しようとしているのである。現代の先端的な産業は、技術革新(イノベーション)と金融市場(金融工学)、エコロジー(環境配慮性)などに支えられているが、人間はどの産業分野で働くにしても何らかの形で経済活動(労働)と関わっていかなければならない。
産業心理学(industrial psychology)とは応用心理学の一分野であり、『産業活動(企業組織の経済活動)』と『従業員のメンタルヘルス(産業精神衛生)』に関連する諸問題を心理学的研究法を用いて解決しようとする学問である。産業心理学には、産業活動(生産性や効率性)・企業活動(人事労務や従業員教育)・従業員の労働環境(精神衛生や雇用待遇)・マーケティング(市場調査や宣伝広告)など実に様々な分野があり、企業(営業利益)・労働(雇用)・従業員の健康・市場に関連する諸問題を心理学的見地から取り扱うのである。産業心理学の目的は、『企業の生産性・効率性の向上』と『従業員の心身の健康・労働環境(職場環境)の改善』を両立させることであり、企業の人事管理(労務管理)と健全経営を心理学的手法でバックアップしながら、従業員の仕事に対する満足度やモチベーションを高めていく支援をするのである。
企業活動・産業活動の生産性を高めるために、管理職にはリーダーシップや能力開発の指導を行い、従業員には職場の人間関係の改善やモチベーションの向上などを行っていく。企業の経営者・管理職・従業員に共通する産業心理学的な問題として『企業ストレス・職場ストレスによる精神疾患発症のリスク』があり、産業心理学と産業カウンセリングの分野では経済活動を行う人たちの『ストレス・マネージメント(ストレス・コーピング=ストレス対処)』や『メンタルヘルスの維持管理』が重要な課題となっている。企業における職場への不適応やストレス過剰による精神疾患に対応していくためには、『ストレス対処による事前予防・早期発見・早期治療』が3つの柱となる。従業員の精神的健康とモチベーションを維持していくためには、上司と部下の信頼関係を深めて『何でも相談しやすい職場の風土・お互いに思いやりを持って働ける雰囲気』を作り上げておく必要がある。産業心理学を研究する学会には『産業・組織心理学会』がある。
職場で心理的な悩みや人間関係の問題を相談したり、メンタルヘルスの管理を行うためのカウンセリングの場(人間関係)のことを『産業カウンセリング(industrial counseling)』というが、産業カウンセリングと心理カウンセリングの間に明確な境界線があるわけではない。一般的には、産業分野(企業内部)で行われるカウンセリング(産業心理学的・臨床心理学的な対人援助)のことを産業カウンセリングと呼ぶことも多い。産業カウンセリングは、社団法人日本産業カウンセラー協会が認定する産業カウンセラーや産業医によって行われているが、小規模な会社では専従の産業カウンセラー(産業医)が所属していないことも多く、その場合には上司・管理職者がカウンセリングマインドをもって部下のメンタルヘルスの調整の役割を担わなければならないと言える。

