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2008年03月31日

[H.S.サリヴァンの『現代精神医学の概念』『精神医学は対人関係論である』]

H.S.サリヴァンの『対人関係としての精神医学』『精神医学は対人関係論である』

アメリカの精神科医ハリー・スタック・サリヴァン(H.S.Sullivan, 1892-1949)は、カレン・ホーナイやエーリッヒ・フロム、クララ・トンプソンと並んで新フロイト派(ネオ・フロイディアン)に分類された人物である。H.S.サリヴァンは自分自身の手によって著作を書くことは無かったが、講義録や談話などを編集する形式で『現代精神医学の概念』という書物を生前に発表した。サリヴァンは現象学的な記述主義と遺伝要因に偏った生物学主義を批判して、『精神医学は対人関係論』であるという信念を元に独自の体系的な精神医学・臨床理論を構築した。サリヴァンが精神病理の発症について、対人関係におけるコミュニケーションの影響や既存社会に対する適応性を重視した背景には、彼自身が貧しいアイルランド系の農民の子として生まれたことも関係している。

サリヴァンは自身の生い立ちから、社会的に疎外され適応困難に陥っているマイノリティ(少数派・社会的弱者)への共感性を持っていたので、近代精神医学の確立者であるエミール・クレペリンが説く身体的要因を重視する生物学主義に抵抗感があったのである。クレペリンは早発性痴呆(現在の統合失調症)と躁鬱病(現在の双極性障害)を『二大精神病』として定義し、早発性痴呆の予後は一般に不良で回復(寛解)や治癒は難しいと考えたが、サリバンは自身の臨床体験から対人アプローチを工夫した精神療法によって統合失調症を回復に近づけることが出来ると考えた。その意味で、サリヴァンは宿命論的な精神疾患観を持っておらず、脳神経系の身体要因よりもコミュニケーションや生活状況を中心とした環境要因を重視する傾向を持っていた。サリヴァンは『個人の外部要因(他者との関係性・社会的環境)』によって精神疾患が発症すると考えるが、フロイトの精神分析では『個人の内部要因(リビドーの抑圧・性的発達の停滞)』によって精神疾患が発症すると考えるところに違いがある。

サリヴァンは初期の論文にはフロイトの精神分析用語を用いているが、フロイトの無意識概念や自我構造論(エス・自我・超自我)については否定的であり、『実際に観察不可能な心的構造やリビドー(性的欲動)』によって精神病理のメカニズムを説明することをしなかった。特に、精神分析の性的精神発達論(口唇期→肛門期→男根期(エディプス期)→潜伏期→性器期)に基づくリビドー(欲動)の発達上の問題や精神疾患(各種の神経症)の発症については反対しており、サリヴァンは個人と個人が関係を持つ場こそを重視しなければならないとして『フィールド理論(場の理論)』を提起した。しかし、『発達早期の母子関係・母親と子どもとの情緒的な結びつき(愛着)』を重視するという点において、サリヴァンの理論は精神分析の対象関係論(メラニー・クラインやD.W.ウィニコットの理論)と非常に類似した部分がある。

特に、乳幼児期の段階にある子どもは『母親の不安』への感情移入と『不安の解離(自己から不安の分離を行う防衛機制)』を起こしやすく、この感情移入の絆の質と量によってその後の子どもの精神的健康(メンタルヘルス)の状態に違いが出てくると考えた。サリヴァンは精神分析のように『性的欲求の決定論』を採用せずに『安全欲求と母子関係の結びつき』を重視して、不安からの解離を引き起こす『自己組織(self system)』の現象を安全確保のための操作と考えたのである。精神疾患の最初の原因を、母親から与えられる不安(愛情欠乏・母親自身の精神的トラブル)だと考える点で、サリヴァンの理論には『母原病』のバイアス(偏り)がかかっている。彼は『不安を回避しようとする自己組織の機能(安全確保のための機能)』によって、不適応の問題が生じそれが精神病理へと悪化していくと考えたが、サリヴァンの理論が当時画期的だったのは『精神内界の防衛機制』ではなく『対人関係における防衛機制(自己組織の機能)』を想定していたからである。

サリヴァンは個人の心の内面ではなくて、人と人との間(関係性・やりとり)に精神病理を見出していたので、操作主義的に具体的な人間関係に介入することで臨床的な治療効果を期待できるとした。サリヴァンの用いた心理面接技法でよく知られているのは、医学的な客観的診断と心理療法的な共感的理解を同時並行的に行う『関与的観察・関与しながらの観察(participant observation)』である。更に、形式的な観察や身体的な診断だけに留まらずに、患者の人間関係や生活環境、家族歴などについて丁寧な質問を加えていく『詳細問診(detailed inquiry)』を行った。1930年までシェパード・アンド・イノック・プラット病院に勤務した後にニューヨークで精神科クリニックを独立開業し、1938年には『サイカイアトリー』という精神医学雑誌を創刊した。ウィリアム・アランソン・ホワイト研究所での連続講義を行った後にも、チェスナット・ロッジに招聘されて講義を行い、これらの講義は『現代精神医学の概念』の体系的な説明・個別的な記述に反映されている。



posted by ESDV Words Labo at 13:02 | TrackBack(0) | さ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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