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2008年04月24日

[V.E.フランクルの次元的存在論]

V.E.フランクルの次元的存在論

V.E.フランクルのロゴ・セラピーについては過去のコンテンツで解説したが、V.E.フランクル(V.E.Frankl, 1905-1997)は幾何学的なモデルによって『多面性を持つ統合的存在としての人間』を理解しようとした。人間は現実世界において『立体的な三次元的存在』であるが、一つの観点や立場だけから一人の人間の外観・内面のすべてを客観的に把握することなどは原理的に不可能である。一人の人間の外観・容姿を理解しようと思えば、正面・側面・上部など色々な角度からその人間を観察しなければならないし、一人の人間の性格・内面を理解しようと思えばその人の行動を綿密に観察し、実際に何度もコミュニケーションを取っていかなければならない。

“三次元的存在(全体的で複雑な存在)”である立体的・多面的な人間を、学術的・言語的に理解しようとする時には要素還元主義に基づいて、“二次元的平面(個別的な学術分野)”へと投影することになる。人間を客観的な学問として理解しようとする『二次元的平面』とは、医学・心理学・社会学・政治学・経済学・文化人類学・生物学・進化論といった個別的で専門的な学問分野のことである。医学分野という二次元平面では、人間は『循環器系・呼吸器系・消化器系・内分泌系・中枢神経系』という部分に便宜的に分割されるし、各診療科の医師は専門分野の疾患を治療するために『疾患のある部位・治療を要する部位』に意識を集中する。医師も三次元的な全体的人間像を無視するわけではないが、消化器疾患や心臓疾患を診療する医師が、患者の内面心理や人間関係、思想信条といった『治療に直接関係しない人間的側面』に関心を向けることはまずないといって良い。

社会学(社会政策)や政治学といった分野では、人間の医学的な身体性・病理性などに関心が向けられることはなく、少子化問題における未婚率晩婚化や出産意欲などに焦点が向けられたり、労働問題における労働意欲や職業能力、失業率などが重視されたりする。つまり、人間が他者を学術的・客観的に理解しようとすればするほど、『三次元的存在としての人間像』の全体を把握することが難しくなり、目的や課題に沿った『二次元的存在としての人間像』の部分的理解に留まるようになるのである。経済学では、人間を合理的に利益を追求するホモ・エコノミクス(経済人)として定義しており、労働者の能力と雇用需要・労働条件が合致すれば失業が減少するなどと仮説されるが、現実社会に存在する自発的失業者の心理について詳細な分析を行うことは出来ない。

三次元空間にある立方体の円柱を上方から投影すれば『円』の平面図形が得られ、側面から投影すれば『長方形』の平面図形が得られるが、三次元的存在である人間は科学的方法論によって分析するというのはこの『投影』と同じ作業をしていることになる。V.E.フランクルの次元的存在論では、要素還元主義的な科学による人間理解の限界を示唆するものであり、科学(学問)で人間を二次元的(部分的)に理解することはできても、多面性・複雑性を持つ人間の全体像を完全に理解することはできない。自由意志と多面性(潜在性)を持つ人間は、二次元的平面に人間の各特徴を投影しようとする科学的方法論を超越した存在であり、直接的なコミュニケーションと共感的な理解によってその全体像を推測する以上のことは原理的にできないのである。

posted by ESDV Words Labo at 09:19 | TrackBack(0) | し:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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