至高体験(peak experience)と自己実現(self-actualization):A.マズローの自己実現欲求とC.G.ユングの個性化の過程
人間性心理学(ヒューマニスティック心理学)の
S.フロイトと理論的に対立して分析心理学を創設したC.G.ユングも、人類に共通する普遍的無意識(集合無意識)に基づいた自己実現欲求を仮定した。ユングはその人独自の『個性化の過程』において自己実現欲求が満たされるとして、普遍的無意識(集合無意識)の領域にある元型的イメージにアクセスすることで個性化の過程が更に促進すると述べた。自己実現(self-actualization)とは自己の潜在的な可能性・創造性・成長力を開花させることであり、『自我の枠組み・既存の社会構造』の内部と外部における普遍的な目的意識や創造欲求を自覚することから始まる。
一般的な理解では、他人と同じではない『自分らしい人生の目的・方向性』を発見して、その目的を自分の潜在的能力を開発しながら実現することが自己実現(self-actualization)とされているが、アブラハム・マズローは以下のような自己実現の条件を上げている。2で『欠乏欲求の充足』を自己実現の条件として上げているように、自己実現とは単純に『自分らしい生き方・他人とは違う個性的な生き方』を目指すだけのものではなく、『特定の社会的価値観』に動機付けられるという側面も持っているのである。
1.病気・障害の苦痛からの主観的解放(とらわれからの離脱)
2.基本的欲求(欠乏欲求)の満足
3.自己の能力(努力・人間関係)の積極的活用
4.特定の価値志向性・社会的価値観などによる行動の動機づけ
カール・グスタフ・ユングの個性化の過程における自己実現では、無意識領域と意識領域の中心にある『自己』の成長可能性・本質的な目的意識の実現が重視されている。具体的には、夢や想像(白昼夢)、アクティブイマジネーションなどを通して、『普遍的無意識(集合無意識)にある元型のメッセージやイメージ』を受け取ることが技法的な要点とされている。集合無意識の神秘的・創造的なメッセージ(イメージ)を、自分自身の生き方や価値観に肯定的・逆説的に反映させていくことが自己実現につながるとされている。
人生で最も素晴らしい恍惚感(達成感)と歓喜・安らぎの感情に包まれる『至高体験(peak experience)』も、マズローやユングの自己実現のプロセスと関係しているが、至高体験は自我超越的(自己忘却的)な瞬間的経験であり自己実現とは異なる点を多く持っている。自己実現は『自己の個別的可能性』を追求するという特徴を持っているが、至高体験は『世界(人類)の一体感を前提とした普遍的可能性』が自己に無条件に降り注ぐ体験である。
至高体験は自我(自己)への執着を解き放つような作用を持つとされ、宗教的(神秘的)・芸術的(学術的)な『世俗の損得』から離れた次元において『至高の快楽・充足・恍惚』を個人の精神に瞬間的にもたらすものである。宗教的な神秘体験・超越体験というものも基本的に至高体験と同一のものであるが、一般的には、芸術活動(音楽活動・学術上の発見)や出産行為(生命の誕生)、政治権力の掌握(歴史的業績)の中で想像を絶するような歓喜と陶酔に溢れた至高経験を味わう人たちがいると考えられる。